第117話

「ち……力負け、だと……!?」


 筋肉は筋繊維の量がその力の過多を決める。

 人間の構造に即した人工筋肉を形作っている以上、その法則からは魔念人も逃れることは出来ない。

 将蔵に減らされただけ、その力は先ほどよりも落ちている。その量のほどは、兼代の力が届き、上回るほどだと、今の結果が証明している。

 だが、それだけか!?

 レオスの意思に冷や汗が流れる。

 今は捕食解放状態。普段と違い、主霊の存在の力に重きが置かれている。こんな小僧を木っ端と蹴散らすことなど容易いはずだ。

 何故!? 何故だ!?

 その答えは、主霊のある腹にこそあった。


「!?」


 主霊に無数の針が突き刺さっている。

 今の今まで気づきすらしなかった。しかもこの針に、主霊の「存在」が吸い取られている。

 死しても尚、意志を顕現させ続ける力。それが薄くなるということは、発揮できる力も弱まるということ――。

 だがいつの間に!?





「……天才っていうのは疎まれるからねえ。こっそりと事を成すのがベストなのさ」


 遠巻きに見ていた、百目鬼 月日星は呟いた。


「あそこまでやってまだ拮抗出来るのは想定外だったけど、これで互角といったところだろうね。もう勝負は長引かない。次の一合が勝負だ」





 兼代とレオスの荒い息遣いが互いの耳に届く。

 元々のダメージに加え、限界を超えた力を引き出した兼代の体は正に満身創痍。胸に大穴を開け、主霊も弱体化されたレオスもまた、元の姿からは見る影もない姿だ。

 にらみ合いも、語り合いも、不要。

 されど、二人は長年を過ごしたかのように理解しきっていた。

 互いの意地。互いの想い。互いの熱量。

 その全てがぶつかり合うと分かっているからこそ、双眸に情けは無く、蔑みも無い。クリアな闘争心だけが映り、交わされる。


「――――!」


 時は訪れた。

 兼代が動く。

 床を踏み砕き、握りつぶすように剣を握り、吠え猛るその様は一頭の雄の如し。しかしそこには一切の野蛮さも無い。

 待ち受けるレオスは、巨岩のような力を誇示し、彼の突進を切り捨てんと構える。

 衝突までの数歩、数秒。兼代の筋肉が膨れ上がる――


「気を付けて、兼代君!」

「カネーーー! 気を付けろ! 頑張れーーー!」

「保健委員もここにいるから安心して突っ込んで―!」

「それダメでしょ!? 兼代君ガンバーー!」


 兼代の耳に、彼らの声援は一切届いてはいなかった。体が悲鳴を上げ続け、限界以上を行使した反動を叩きつけ続ける。ありとあらゆる感覚は鈍りに鈍っている。

 それでも、分かっていた。

 この肌を波打たせ、心を震わせ、命を沸き上がらせるものが――かけがえのない者達からのものだということを。


「兼代君」


 そして、その中に混じる、静かで張りの無い音波が。


「お願いします」


 何故だか、この波の中でも一際奮い立たせ、視界の靄を払いのけ、敵を鮮明にした。

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