第115話

「……!」


 こうまでしても。体の限界を超えようとも。いや、恐らくは体が限界を通り越し、滅んでも自らに立ち向かうつもりなのだろう。

 分かる。

 分かり過ぎる。

 陸前 縁京は歯噛みした。

 自分もかつては、そうだったから。


「――――!!」


 形容不可能。

 魂の底からの叫びが、この大部屋に満ちる。

 魂の叫びと命の叫びは共鳴し、外壁を叩く。

 切り結んだ二合目――激しい火花が手を焦がすが、目の前の男の温度には到底及ばない。

 そう、二人は思っていた。


「――――!」

「――――!」


 獣の戦い。そう見えもするだろう。

 三、四、そして五合。一瞬で交わり、その全てが全力。二人がともにベタ足にして不退転。

 理性をかなぐり捨てた激突の勢いのまま、二人は互いに頭突きをかましあった。顔と顔とが間近に迫り、にらみ合う目は指一本ほどの隙間しかない。


「――――!!」

「――――!!」


 肉体言語ではない。言うなれば「霊体言語」。魂と魂のぶつかり合いで、彼らは語る。一方的にまくしたて、相手を屈服させんと、迫り合い、剣を打ち合う。

 兼代の筋肉が悲鳴を上げる。黙っていろと命が命ずる。

 レオスの刃が兼代の力に翻弄される。耐えて忍べと魂が吠える。

 しかしやがて、レオスの刃が、脆くも弾きとばされた。


「……!」

「――――!」


 兼代は踏み込んだ。

 立て直し、防御、迎撃。その一切を認めはしない。腕に、肩に、腰に、全ての筋肉に力を注ぎこむ。

 そして、一太刀を見舞った。


「ぐ……!」


 痛みはある。損壊だけ見ればたかが一体を封じられたにすぎないのだが、斬撃の痛みは確かなものだ。

 レオスの呻きを聞いてか聞かずか、兼代は弐撃、参撃、四撃。滅多切りの様相を呈する。

 全身を包み苛む、極限の苦痛。

 それを抑え込むのは、己の意地。


「捕食解放!」


 レオスの腹に、巨大な主霊が出現した。

 同時に、彼自身の圧も桁違いに高まっていく。羅刹――。鬼を喰らう鬼に相応しい威圧は、その身を倍以上にも錯覚させた。

 絶大な怨嗟の塊である彼の全力は、想像するに難くは無い。

 兼代はその力のほどを理解しきっていたからこそ、


「――――!!」


 正面から突き抜けた。

 更に戦局は苦しくなった。しかし相手の弱点が差し出された。後一太刀をあの腹に浴びせればいい。

 しかし、レオスもそれは熟知している。

 このままでは勝てない。そう判断したからこその解放。

 逆に言えば、こうなれば勝てるという自負から抜き放った、諸刃の剣だ。

 レオスの武器は己の肉体――だけではない。

 腹の主霊の脇から、鞘付きの剣を取り出し、それを抜き放った。


「神器がもう一振り!?」


 百目鬼 灯が声を上げた。

 よもや、これを使うことになるとは。最後の最後にと決めていた、伊邪那美之御骸が『予備』。さっきまでのが真打だとすればこっちは影打ち。その力は劣り、術式は無い、封印用の刀剣だ。

 しかし肉を裂くには十二分に力を発揮する。


「ぬウウウウウウウウん!」

「!!?」


 切り裂く――そんな生易しい一撃ではなかった。

 金剛石を素手でカチ割ろうとするかのような一撃に、兼代の全身の筋肉が、骨が軋む。足元は床であるパネルを砕き、その欠片が足元の肉を裂く。

 力。純粋で強大な力の上昇。

 その力の差は、今の状況に現れている。


「……!」


 全身の激痛と両腕の麻痺で、兼代の動きははく奪されていた。

 その隙にレオスは弐撃目をと、再び剣を構えなおす。


「終わりだ!」


 それでも睨むことを、立ち向かうことを止めぬ男に、レオスは全身全霊を振り下ろした。

 刃が向かう刹那の全てが勝利への時間だった。

 それがもしも――一対一の戦いだったなら。

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