第114話

 神器の性質の一つに、「今までの使用者の経験がそのままフィードバックされる」というものがある。

 これは陸前 縁京が、適格者が訓練を積んでいない陸前家の者以外だったケースを想定して搭載した機能だ。

 半物質。半分が現世であり、半分が幽世にあるこの物質は、肉体が手垢を残すように『使用者の魂』を少し削り取る。それは使用者の自覚も承認も無く、その半物質の接触面に残り続け、そこに僅かな人格を、記憶を残して形成する。必然、戦闘時に握るものであるため、そこに残るのは戦闘の記憶だ。

 神器が認める、という原理も、陸前 縁京がそういう人格や記憶を刻み付けていたからだ。この意志が支配階級として存在し、他の意思を押さえつけている。原理は魔念人と同じく、強い者が弱い者を支配するのだ。

 伊邪那美之御骸は、この自らの意思を封じ込める。認めるも何も、認めるものがそもそも眠っていては起動も何もままならないというわけだ。

 しかし、彼は想定していなかった。

 今まで支配されていた、かつての使用者達の記憶が、今の神器持ちを「自らの意思」で認めたとしたら?

 あるいは神器の使用者が彼らに呼び掛けていたとしたら?

 神器を使用不可能にする。唯一の銀の銃弾を封じ込めるために搭載したこの術式の穴に、彼は気づくことが出来なかったのである。






「…………」


 握る柄を通し、兼代は想いを巡らせる。

 一人目の使用者は、陸前 一丸という男だった。真面目な人で、自分よりずっと聡明な男性だった。


 彼は言った。「父を、倒してくれ」と。


 二人目の使用者は、陸前 三太郎という男だった。豪快な性格で、この神器の使用者の中では最も敵を倒した数が多い。しかし優しさは決して失わず、この神器を手放したのは晩年のことだったらしい。


 彼は言った。「御先祖さんを任せたぜ」と。


 三人目の使用者は、兼代のように誰かに見出された者だったらしい。名を、高田 次郎。物静かな性格で、この神器を振るったことは一度しかなかったらしい。彼は戦いの場に出る時には病の身で、数年で死に至る身だったらしい。


 彼は言った。「頼む」と。


 四人目の使用者は、陸前家に戻る。今度は陸前 将蔵の父親。つまり、陸前の祖父にあたる人物。陸前 征元(りくぜん せいが)。非常に気難しい人物で、兼代は対話の最中に戦いぶりについて怒られたほどだ。散々に罵られた後、こう言った。


 「あんなもんさっさと倒してしまえ」と。


 口々に様々に、彼らは陸前 縁京の打倒を託してくれた。

 こうして会話が出来るようになったのは、きっと霊体と会話した経験があったからこそだろう、と兼代は解釈している。

 今の兼代は喜びにあふれている。

 かつて戦った人達は、自分と同じような意志で戦っていたことを。

 「この」意志はどんな時代にも存在していたんだと。

 歴代の使用者全員との会話を終えた後、兼代は全員に向かってこう言った。


「任せて下さい。貴方達に恥じない戦いをしてきます」と。


 敵はかつてないほどに強大無比。

 しかし味方もかつてないほどに強大無比。

 兼代に、恐怖は無かった。






「!!」


 兼代の初撃。

 その重さ・鋭さは防いだレオスの体を大きく後退させた。


「く……! ぬおおおおおお!?」


 体格差は、霊魂たる身となればこけおどしにしかならないものだ。

 しかし長年運んで来られた霊魂を束ねて形作った「疑似筋肉」とでも呼べるものの強度はジョグをも超える。単純な力で押し負けるなど、考えてもいなかったことだ。

 ヒトガタの生成で筋肉が減少した影響もあるだろう。しかしそれにしても、この破壊力はさっきまでの男とは思えないほどに向上している。

 閃いた兼代の眼が、刀身に映る。

 焔の如き光が、レオスの目を灼く。


「――――!!」


 兼代は吠えた。

 首筋に浮き出た血管、両腕ではち切れんばかりに膨らむ筋肉。

 レオスは理解する。この新しい兼代の武器は、己の限界を叩き壊すもの。限界を超えた力を引き出し、目の前の相手を滅するためのもの。

 それが兼代の望んだ、名も無き術式。


「……」


 命の全てを喉に、喉そのものが命に。

 兼代の咆哮は修羅の形相と共に、レオスに向かう。

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