第113話

「春冬。愚かな父と笑ってくれ。若者達が信念に、責任に、友情に、意地に身を賭している姿に、どうしても我慢ならなくなってしまった……。最早敵わぬ相手と知っていながら」


 静まり返った空間で、娘に歩み寄る父。

 それに、娘は落ち着いて答える。


「……ハア。まったく愚かとしか言いようはないですね。そんな体で何が出来るんですか駄目大人」

「リッチー、お父さんにもそんなんなの!?」

「君にもお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

「女なんですけど!?」

「でも――ちょっと発言を訂正させてはもらいますよ」

「?」

「貴方は愚かな大人です。決して、愚かな父親ではありませんよ。――ええ、この年頃の娘が、認めます」

「……!」

「来てくれてありがとうございます、お父さん」

「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!」


 歓喜の大咆哮と共に、巨槍を振り回す将蔵。

 全身の筋肉が隆起し、文字通り全身で喜びを表していた。


「この陸前 将蔵、命を賭して若者達の道を切り開こう! さあさあ、来るがいい魔念に囚われし亡者共よ! この『黄泉之彩蝕腕(よみのさいしょくわん)』が、貴様らを冥府へと送り届けてくれるわああああああああああああああああああああああああああ!」

「何だか分かんねえけど頼もしいおっさんだああ!」

「おっしゃ、やるわよーーー!」

「うわ、暑苦しいなあ。ウザそう」

「そんなこと言わないであげな、光。ああいうもんなの」


 高校生軍団、百目鬼家、陸前家。

 彼らは一丸となり、再び進撃を開始する。


「く……! 小癪小癪小癪うううううううううううう! おのれ、何故これほどの人間が集まる! こんな穢れし者のために!?」

「説明の手間が省けたよ、レオス・グランディコマンダー」

「!」


 兼代とレオスの間に、ヒトガタがいない。

 だからこそ彼の声はレオスに届き、その闘志に漲る眼光は彼の眼に届いた。

 彼が憎み切った民衆。英雄を望み、英雄を疎み蔑む恩知らず達が切り開いた道を、兼代は歩む。

 その手に――今や髪留めほどになった自らの神器を握って。


「お前の周りは確かにテメーを馬鹿にしたし、差別したかもしれねえよ。でも、そうでない人だって大勢いたはずなんだ。お前が勝手に自分も周りも諦めたから、それが分からなかった……いや、見ようともしなかっただけだ」

「何を……! 今だけだ! 俺はそれを嫌と言うほどに理解している! 今後を考えろ! いつ掌を返すかもわからぬ連中の為に貴様は戦うと言うのか!? いや、必ずや返す!」


 レオスの言葉は負け惜しみではない。魂の底からの言葉だった。


「所詮民衆とはそういうものだ! 確かに今ここにある絆、貴様の人望は認めよう! しかしそれは、一時のもの! 周りに流されてここに来た者もいるだろう!

貴様は今後必ず笑いものにされ、さらし者にされ――」

「今ここに確かにあるんだろ? それならそれでいいじゃねえか」


 兼代は一歩踏み出した。

 同時に、レオスは変化に気が付いた。


「……?」


 兼代の右手。神器を握っている手が、光り輝いている。

 まさか? そんなはずはない。自分の意志で解放も封印も思いのままの、自らが創り出した神器だ。

 再度目覚めるなど、ありえないはず――


「裏切られれば、笑いものにされりゃあ、それはその時だろ。そうされそうだからって言って今あるものまで手放す必要、どこにあるんだ? 俺は今、こう思っている」


 光は更に広がる。

 天照之黒影。そう名付けた。日本神話における最高神――天照大御神に対する反逆を謳う銘は、レオスの信条を反映したもの。

 光さすところに影がある。むしろその影こそが、真実なのだと。

 ならば、徐々に手元から伸びていくこの刀身の色は何だ。


「俺は嬉しい。俺は感動してる。俺はこいつらを守りたい。俺はこいつらに、絶対に同じ思いなんかさせたくねえ」


 白。いや、これはそんな単純なものでもない。

 光そのものの色――眩いばかりの光の塊。


「陸前 縁京。お前に同情するよ。こいつらは、お前がほんの少し傲慢じゃなきゃ、もう少し前向きにものを見られれば、もう少しいい出会いに恵まれてりゃ、手に入ってたものだったんだ」


 でももう、時間切れだ。

 そうつぶやいた時、光が炸裂した。


「!?」


 兼代の手から放たれたそれがおさまった時、『剣』は兼代の手に握られていた。

 白さを越えて、眩いばかりに光り輝く刀身。それは長年の闇を抜けた太陽が放つ、歓喜の光だった。


「とうの昔にお前の時代は終わった。今やお前は単なる、はた迷惑で『クソ』みたいに下んねえ目的を持って八つ当たりする迷惑野郎にすぎねえ。……この時代に、お前が汚しても傷つけてもいいものなんて」


 無銘の剣。

 天照の影ではなく、天照の光を灯すその剣は、後にこう名付けられる。

 『特級』第一号刀剣系神器。

 天照之神玉光(あまてらすのしんぎょくこう)。


「何一つねえんだよ」


 この時、レオス・グランディコマンダーは陸前 縁京として理解した。

 彼は今この時――最盛期の己と同格の力を得ているのだと

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