第109話
焔が、放たれた。
砲身の何倍はあろうかという巨大な焔――それは一気呵成にピスパーの作り出した壁に叩きつけられる。
轟音。耳をつんざき、地上にも届くような咆哮はしかし、陸前自身の叫びを表現するには不足している。
ピスパーの生み出した壁は、ほんの数瞬、彼をこの焔から守っただけに留まった。砕け散り四散した音は、素戔嗚の咆哮にかき消され、ピスパーの叫び声をも呑み込んでいく。
焔の放出は、僅か数秒に留まった。
しかしその破壊力は、その間に十全以上にこの地に刻まれる。
目の前に空いた、焼け焦げた大穴。直撃を免れながら、抉れて煙を上げる床。跡形も無く消滅した敵。アンカーを打ち込んでいながら数メートル後退した陸前の体。
その全てが語る。陸前が解放した勇気の力と。
彼女の掴んだ勝利を。
「……女の子には、ちょっとごつすぎる力じゃないですかね……」
倒れかかった陸前の体を、
「ひょいっと」
百目鬼が支えた。
「お疲れ様。すごかったよ、流石だリッチー」
百目鬼は陸前をそのまま座らせ、向き合った。
力を失った陸前はしかし、もぬけの殻になどなってはいない。未だにその眼からは、使命感と『彼』の姿が消えてはいなかった。
「……っていうか、来たんですね」
「ハハハー、目の前で大金星上げといて、最初に言うことがそれかい! もっと自慢しなよ! ホラ、私だって倒せるんですよ! ってさ!」
「ハッ、それは逆に言えば今までろくに役立たなかったってことですかね?」
「そんな毒が吐けるなら、大丈夫だね。――ほら、担いであげるから、行こう。兼代君のとこへ」
言いつつ、百目鬼は無断で陸前を背に乗せる。体格よりも軽いこの身が、あれだけの力を放った――。その事実に、百目鬼は己の言葉を思い出す。
この世で強いのは、恋する乙女、か。
なるほど。確かに最強だな、と。
「おい、待ちやがれ優等生さん、及び不肖の弟子よォ」
そこに、赤間がちょこちょこと頼りない足取りでやってきた。
「あ、師匠。どうしたんですか。早くトイレに行った方が……」
「んなもん後だ……ちょっと動くな」
そう言うと、赤間は右手に櫛を、左手にハンカチを持ち、超速で陸前の身だしなみを整え、髪をとかし、顔を拭っていく。
手慣れた手つきでのリカバリーは僅か十数秒で終わり、ぽかんとする陸前を、称賛など欠片も無い目で睨みつけた。
「今回だけ特別サービスだ。ちったあマシになったろう。――本来なら破門ものだぜェ、さっきまでのままアイツに会いに行こうなんてよォ」
「いや、赤間君!? 状況が状況なんだよ、そんなん気にしてる場合じゃ――」
「テメーはあんなしょぼくれたジジイを射止めるだけが仕事じゃねーだろーが」
百目鬼の抗議もどこ吹く風。赤間は毅然と陸前に向かう。
「身だしなみは基本中の基本だ、どんな時でも変わんねえ。お前はよくても、あのクソ野郎は容赦なくそーゆーとこ見ちまうんだぜ」
「……」
「ったく、もうちょっとでテメーの師匠も辞められそうだって思ったが……。まだまだだな、畜生がよォ」
赤間は悪態をつきながら、周りを忙しなく見回す。
ちょうど右手の、「厠」と書かれた木製の戸が目に入るや否や、ダッシュで駆けていく。
「なんだい、まったく……。厳しい師匠を持ったもんだね、君も」
「ええ、まったく」
陸前は、今や『大砲』となった神器を頭に戻しつつ、髪に触れる。
さっきまで乱れていた髪に触れ、厠をちらと一瞥した。
「優しい師匠ですよ」
兼代は彼を人間のクズだの何だのと言っているが、自分にとっては違う。ちょっとクズなだけの親愛なる師匠なのだ。
「で。百目鬼さん、どうやってここに来たんです? 救助班の人達はピスパーの壁に遮断されてこれなかったんですけど」
「ん? ああ、それね。ちょっと強引な手段を使ったんだ。昨日さ、調査班がここに入ったじゃない」
「ええ」
「その時にこっそり赤間君を連れて入ってたんだ」
「?」
待った。陸前の中で声が弾ける。
それってつまり――
「察しの通り。一晩中、このアジトの中に潜んでたんだよ。それも奥の方にね」
「……! マジですかアンタ。ああ、だから連絡つかなかったんですね」
「ハハハ、心配かけたね! 赤間君から散々愚痴られるのは凄くキツかったけど、いやあ、役に立ててよかったよ!」
「野郎と一夜を共にするって結構な不良行為しますね、よく親御さんに怒られないもんです」
「そこは説得だよね。それに赤間君は僕が大嫌いだし弱いから貞操なんて奪われるはずもないし」
「ホント、よくやりますよね、百目鬼さんもいつもいつも……」
「なあに、他ならぬ二人の為さ」
ということは連行同然で連れてきた赤間はわりとどうでもいいんだろうか、と、陸前は百目鬼の闇を垣間見た気分になる。
「じゃあ行こう、リッチー……ん?」
百目鬼は自分の足元を見た。
「どうしたんです?」
「なんか、揺れてない?」
「え?」
ドドドドドド。
微かな振動が百目鬼の足裏を震わせる。
「それに……何か聞こえない?」
彼女の聴力は、彼方から聞こえる妙な声を捉える。
それは徐々に、こっちに迫って来る――
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