第110話

「カハッ……!」


 剥いた目。口から零れる血。全身を痺れさせるような痛みの波。

 兼代は地面に片膝を突いて、俯いていた。

 それをレオスは地面に剣を突き刺して杖としながら、冷徹に見下している。

 誰の目からも明らかな兼代の完全敗北。雲の彼方に届かせようと伸ばした腕を肩ごと引きちぎるような徹底的な蹂躙の果てに、レオスは口にする。


「諦めろ、兼代」


 その言葉は慈悲だった。


「神器も無い。味方も来ない。我を打倒する手段は我の手中にある。貴様がどれほど手を尽くそうと、不可能だ。ここまで貴様が生きていられたのも、我がこの伊邪那美之御骸を振るわなかったが故。剣を振るえば貴様は即座に命を落とす」


 引き抜いた剣の音は鋭い。巨大な空間に、殺意の音色が響き、兼代の耳朶を打つ。

 兼代は俯いて、それでも目は動かしてレオスを見やった。

 右手に巨剣を持った大男。生殺与奪を握る者が敵意を持っている。


「……初めて、だな」

「?」


 奇妙な言葉を漏らす男を前に、レオスは進めようとした足をとどめた。


「……俺に戦いを教えてくれる剣もねえ。俺と一緒に戦ってくれてた奴もいねえ。俺を助けてくれる奴もいねえし、俺を嵌めようとしてる奴もいねえ。俺は初めて、俺だけで戦ってる」


 兼代は自らの剣をポケットに収めた。

 もう機能を使えない――何故なら、それは創造主に弓引かぬ、親孝行な大逆者だから。

 兼代の武器と言えば、この身一つ。頭脳一つしかない。

 一年生の時の成績。

 国語・5。数学・3。英語・4。理科・4。社会・3。家庭科・4。体育・4。

 受賞歴・小学四年生の時、町の書道コンクールで銅賞。中学生の時、皆勤賞。

 特に秀でた才も無く、普通の高校生より少し真面目なだけの文系の凡人。それこそが兼代 鉄矢という男だ。

 レオス・グランディコマンダーと今戦っているのは、正真正銘、そんなステータスしか持たない男。

 そのことが、兼代にとっては――


「ぷっ」

 可笑しかった。


「……何が可笑しい? 兼代 鉄矢」

「ん? いやあよ、初代封者様。これが笑えなくて何なんだ。俺はここに来て、ようやく理解出来た」

「何を」

「お前とはとことん分かり合えないってことだ」


 笑いは消えた。徹底的な敵対の意思が、レオスに叩きつけられる。


「これは俺が望んで始めた戦いだと思ってた。でも、そうじゃねえ。味方がいるって知ってるから始めた戦いでもあった。陸前が一緒に戦ってくれるから、陸前と辛さを分かち合えるからって思ってたから、戦ってたのかも知れねえ。……たまに思ってたことなんだ。俺は果たしてお前らの目的を聞いて、『神器なんか無くても、その存在を知らなくても、俺は戦おうとしたのか』ってな」

「……?」

「そして今、神器がねえし何もねえ。まさに絶望的な状況だ。陸前と出会っていなかった時の俺っていうIFが、ここに現れてる。手札は尽きた、場は最悪、相手の手札は十全。さてどうする、兼代 鉄矢ってわけだ。諦めて白旗上げるかって話だ」


 兼代は左拳を握り締める。


「答えはNOだ」


 右拳を握り締める。


「ああ、何度訊いてみても、この答えしか返ってこねえ。お前を倒さなきゃ世の中が大変なことになるってんなら、この体だけでも使いつぶして勝てって答えが返って来る。……だからお前とは相いれないって思ったんだよ、レオス」

「何が関係がある」

「簡単に人生を諦めたお前だからだ」


 ピッ。

 構造上必要性のない血管が額に浮き出る。


「あんまり甘ったれんなよ、レオス。さっきの身の上話聞いてりゃあ、テメーが勝手に失望して勝手に人生を諦めただけじゃねえか」

「貴様に我に浴びせられた罵倒の何が分かる?」


 レオスの圧はしかし、最早兼代には通用しなかった。

 鉄の矢は鋭く太く頑強に、レオスの心理を穿つ。


「お前に浴びせられた言葉なんか知るはずねえ。でも、お前自身がお前に浴びせてた言葉なら、分かる」

「何……!?」

「お前はそこで勝手に絶望して自分の人生の行く末も決めつけて、恨みのままに人を汚す目的を作ったってわけだ。何もかも失っても戦い続けられる……幸せになろうともがく力がそもそも備わっていない、弱っちい奴。それがお前だ」


 あんまし笑わせんなよ。一切笑わず、兼代は言い放った。


「お前は失ってから立ち上がって組み立てた経験がねえんだ。だから何もかも、俺達はかみ合わねえし俺はお前が気に食わねえ」

「俺とお前を一緒にするか! 何もかも知らぬ子供が! 誇り高きこの俺に!」


 レオスは剣を上段に構え、突撃をかけた。

 兼代はカウンターで迎え撃つ形をとった。当然、兼代個人に経験は無い。

 しかし、そこに恐怖も無い。


「最早言葉は不要だ! 死ね、兼代 鉄矢――」


 ギイン!


「!?」


 弾かれた剣。

 炸裂する青色の光。

 剣を離しこそしなかったが、大きくよろめいたその顔面に、渾身の一撃が叩き込まれる。

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