第108話
「大勇心……か」
陸前の神器の名を聞き、百目鬼 灯は静かに納得していた。
少し前の彼女なら、絶対に似合わなかったであろうこの名も今ならぴったりだ。
あのまま地下にいて、やり過ごすことも出来たのに。回復を待ってから戦うことだって出来たのに、危険を犯してまで立ち向かうことを選択した。それはきっと、ここにいない男のために、だろう。
あの陸前 春冬がそんな選択をするのにどれほどの勇気が必要だったのか、想像もつかない。
女の子には似つかわしくない名前だけど、まさにぴったりだ。
「ピスパー・サンクチュガードナー」
陸前はピスパーに咆哮を向けた。
直後、集まり始める『力』。咆哮に球体の青い焔が形成される。獣の唸りのような音が部屋の中に鳴り響き、全体が振動する。
同時に、素戔嗚之大勇心の下に巨大なアンカーが展開された。地面を貫いたアンカーで陸前の体は固定される。
「貴方を、討ちます」
「ま……待て! 神器持ち! 本当に撃つ気か!? そんなにも強大な力――代償ナシで撃てるようなものではあるまい!?」
「ええ。そうですね」
巨大な青い炎の増大は止まらない。
目を焼き焦がす業炎はその砲口よりも遥かに巨大となる。
その向こうで陸前の目は、ピスパーを見てはいなかった。
揺れる瞳の焦点はろくに合ってくれず、支える腕の力はとうに限界を迎えている。脚もアンカーを頼りに、寄りかかって支えてもらっているような体たらくだ。
さっきまでのコキュウトスなど比較にもならない力を要求するこの巨砲のエネルギーを単身で賄うという意味を、陸前は全身で理解させられている。
「もう、アンタの姿もろくに見えちゃいませんよ。それがどうかしました? 老婆心ならぬ老爺心でも芽生えました?」
「その一撃でも、この壁を破ることは出来ぬ! そうワシは断言しよう!」
「……」
「そ、その姿に、敬意を表しよう! ワシと引き分けることを許してやる! よいな、ワシと引き分けじゃ! 貴様ももうまともに動けん、どうせレオス様の所に行っても役立たん! 通してやる! じゃから……!」
「一撃でダメなら、二撃撃ちますよ」
陸前の目の焦点が、びたりと定まる。
焔の色は、真紅へと転身していた。
「二撃でダメなら、ええ。三撃でも何撃でもアンタに撃ち込んでやりますよ。それくらいのことはしますよ」
「や、やめろ……! そんなデタラメな力! 本当に!?」
「私、今まで叫んだことないんです」
獣の唸り声が、甲高く収束していく。
「叫ぶことに意味を感じませんしね。でも今、生まれて初めて叫びたいと思ってますよ。ですが、残念ながらそんな力無いので、代わりに『この子』に叫んでもらいましょう」
真紅の焔が、砲身に飲まれた。
陸前 春冬の目に、炎が宿る。
死に体を突き動かす魂で、冷めた声音を紡ぎ出す。
「神力充填完了。体幹補強器具、打ち込み十全。光芒防御膜・「八咫鏡」、眼前に展開」
「や……! 止めんかああああああああ!」
砲口に、小さな焔が灯った。
「天地葬静・業明輪潰焔王(てんちそうせい・ごうみょうりんかいえんおう)」
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