第77話

「どうすれば……!」

「あーれー」


 それは、唐突な声だった。

 百目鬼が突如、わざとらしさ極まりない声とともに倒れ伏したのだ。


「……え? 百目鬼さん、どうしたんですか」

「やーらーれーたー」

「え」

「さっきの戦いで蓄積したダメージがー。もう駄目だ―、ボクは死ぬーーー」

「…………?」

「百目鬼さん?」


 百目鬼はそのまま動かなくなる。グルスはそれを見て、動きを止めた。

 が――それも数秒のこと。


「…………」


 グルスの見えぬ目が、兼代を再び捉え。

 そして、「左手」を兼代の顔面に突き出して来た。


「うお!?」

「兼代君、それに掴まっちゃだめです。それされたら、幻術喰らいます」

「何!? これか! さっき言ってたやつ!」


 左手の危険度が、際限なく上昇した。何せ、喰らってしまえば終わりの攻撃――グルスはカギ爪状に左手を広げ、兼代の顔面を狙い始める。


「! くう! おう!」

「…………」


 喰らったら終わりだ。そのプレッシャーが兼代を防戦一方にする。剣で弾くだけでなく体全体が逃げの姿勢で、グルスの攻撃をかわし続けた。躱し続けることしか出来ない、屈辱の戦いだった。


「……!」


 その中で兼代は――考える。

 何故急に、グルスは「これ」を狙い始めた?

 さっきまでは一回も、顔面に手を押し当てるのを狙いはしなかったのに。

 そして百目鬼の突然の演技。一体何を考えて、百目鬼さんは……


「…………」


 埒が明かない。グルスの貌はその不満を口にするかのようだった。

 そして取った行動は――

 右手をカギ爪状にすることだった。


「え!?」

「両手」


 脅威が二倍になった。

 グルスのスピードとテクニックに加え、両手のどちらかを喰らえば勝負は決まる。それこそ最初に喰らったフックとジャブだけで、脆くも崩れ去ってしまうだろう。


「終わりだ」


 グルスは動く。慈悲は無い。手加減も無い。両手を以て、相手を篭絡し、滅殺する。その意志の儘に。

 刹那、兼代は陸前を見た。

 陸前もまた、兼代を見つめていた。

 交錯する視線。映り合う互いの姿。

 その瞬間。


「!」


 兼代の脳に、電撃が弾け、巡った。

 兼代は天照之黒影を構えなおし、グルスに立ち向かう。


「…………?」


 防御を捨てた構えだ。上段に振りかぶるようにして、天照之黒影を逆手持ちにしている。防ぐことは考えていない、構えとも呼べない姿だ。

 だがグルスは、速度を一層速め、兼代に両手を突き出した。

 顔面まで、あと20センチ。10。5。3……


「…………」


 無知無明の暗夜行路。

 はつd







                        ザグッッッ







「…………!?」


 天照之黒影が、グルスの顔面を潰すように――正確には「両目」を潰すように突き下ろされたのと、グルスの両手が顔面に届いたのは同時のことだった。


「ぐ……おお……おお……!?」


 グルスの全身が天照之黒影に引き寄せられた。漆黒の悪夢は、天照の影の中に脆くも溶けていき、解けていく。


「……いつだってそうだったけど。今回は特に俺一人じゃあ勝てなかったな、グルス」


 兼代は早鐘のように鳴る心臓を掴みながら、膝を突いた。緊張の糸が一気に切れたのだ。


「お前の無知無明の暗夜行路ってのは、『捕食解放』でしか出せない――っていうか、相手に直接お前の主霊の一部を送り込む技だ。それを発動する瞬間だけ、お前の主霊はその眼に全て現れる……そういうわけか」

「……何故、そこまで……! あの一瞬で……!」

「陸前だ」


 兼代は、なるべくグルスにしか聞こえないような声で言った。

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