第78話

「お前が両手を使った瞬間から、陸前の目から無知無明の暗夜行路が消えてた。そしてお前は左手を、「左目」がおかしかった百目鬼さんが倒れてから使い始めただろ。それで、行動に移せるくらいまで、憶測を信じることが出来た……陸前が、あんな時でも、俺をしっかり見ててくれたおかげだ」

「…………」

「じゃあな。グルス」


 寡黙な悪夢の渡り手は、負け惜しみも称賛も無く、天照之黒影の中へと消えた。






「三人目撃破ですね」


 吸収し終えた後、陸前は兼代の横に戻っていた。

 授業終了まであと10分程度。あまりゆっくりしている時間は無いが、俺はその場に腰を下ろすことにする。


「ふー……。今度ばかりはもう駄目かと思ったぜ。ってか何だよあの能力、強すぎるだろ」

「ですね。チートですよ。ですけど、まあ、倒せない相手ではないなあ、とは思ってたのでそこまで心配はしてなかったですよ」

「そうなの!?」

「ええ。だって、最初にインフェルノマーダーを倒したじゃないですか。インフェルノマーダーってその名前の通り、対人戦闘力が一番高いんですよ。それを落とした兼代君は、まあ、グランディコマンダー以外の相手に負ける道理はないだろうなって思ってました」

「相性ってもんがあってだな?」


 まあ、確かに実力ならジョグが一番だったが、ミナタスもグルスも十分すぎる程の強敵だった。っていうか、百目鬼さんの協力が無ければ倒すことは出来なかっただろう。

 百目鬼さんは予め、あの能力の特性を見抜いていた。だからあそこで倒れることで、グルスに「主霊」を戻させた。俺に気づきのヒントをくれていたんだ。


「……っていうか、あれ? 百目鬼さんどこ?」

「何時の間にかキモイ動きで立ち上がって帰っちゃいました」

「いちいち動きキモイんだなあの人……」


 百目鬼 灯の心労もお察し出来る。


「しかし、やりましたね。これでもう半数以上撃破ですよ。もう相手は壊滅状態といってもいいでしょう」

「そうだな」


 俺はアマカゲをとりあえずまた元の大きさに戻してポケットに突っ込んだ。


「あとは百目鬼さんから情報をもらえれば」

「ああ。そうだな。まだそっちの依頼は達成してねえんだよな」

「? さっき一緒に吸収したんじゃ?」

「ああ、それなんだけど。アイツ、偽物を使ってきたみてえなんだよ」

「……偽物」


 あの子供は偽物だった。それは、アイツと話して、その偽物と話して、すぐにわかったことだ。こいつは違う、と。

 だから。


「俺、行ってくる。すぐ戻って来るからな」

「兼代君一人で行くんですか? 見当はついてるんですか?」

「ああ」


 俺は腰を上げた。

 そして、目標の場所を見上げた。


「ちょっと、済ませてくるよ」

「本当に一人でいいんですか」

「ああ」


 陸前には背を向けた。そして、俺は一人で、階段を上がる。

 こうして一人で動くと、嫌と言うほどに湧いてくる。あの頃の記憶達。辛くて痛くて苦い、記憶達。

 それでも確かな、俺自身の記憶が、脳の奥から湧いてくる。

 残留思念はつまり、過去の俺そのものだから。


「一人で行きたい」


 カツン、カツン、カツン。二階に辿り着いて折り返し、三階を目指す時、階下の陸前と目が合った。

 少しだけ顔が笑ってしまったのは、悟られなかっただろうか。

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