第76話

「でも、攻撃は流石にきついんだよねえ。それにボクがこれ以上やっても無駄だし、後は任せるよ」

「え、ええ、任せて下さい! 俺がやります!」

「兼代君、私も……」

「お前も幻術喰らってるだろ? 流石に無理だろ」


 兼代は天照之黒影を解放した。

 光から生まれる漆黒の影。それを固めたような、宵闇の剣。


「俺に任せろ」

「ヒュウ。女冥利に尽きるねえ。んじゃボクも後ろにっと」


 百目鬼はグルスを突き飛ばし、その隙にアクロバティックに体を捻りながら兼代の後ろにまで後退する。そして陸前の「右」についた。

 向き合うのは、兼代 鉄矢とグルス・ナイトメアウォーカー。

 闇と闇だ。


「……尻男。やる気か」

「当たり前だ」

「残念だ」

「生憎だな」


 先に動いたのは、グルスだった。

 兼代は、グルスの体が瞬時に前に移転してきたような錯覚を覚える。

 それ程のスピードで、グルスは踏み込んできたのだ。


「!」


 右フック。

 兼代の目が追いつき、それより早く体が反射し、天照之黒影は右拳を弾く。

 だが直後、左手の一撃が兼代の頬を打った。


「ぐっ!?」

「…………」


 ジャブといったところだろう。重さは殆ど無い。しかしその速度が、鋭い痛みを走らせる。

 怯んだ隙に、槍のような右拳が兼代の顔面を打った。


「ぐ!」


 だが、兼代もやられてばかりではない。

 打ってきたグルスの右腕を、左手が捻じりあげた。

 拘束は成功した。さあ、天照之黒影を――

 天照之黒影を……


「……! しまった!」

「兼代君?」

「…………」


 グルスは右腕を支点にして体を浮かせた。

 そして、あることに気が付いて狼狽した兼代に、両脚での蹴りを放った。


「ぐふ!」


 ズシンと重い一撃だった。胸に直撃した攻撃は兼代の呼吸機能を一時的に奪い、乾いた堰がこみあげる。


「ゲホッ、ゲホッ! ……陸前……やべえ……! こいつの……主霊を出せねえ!」

「え?」

「俺、さっき、トイレしちまったんだよ!」

「!」


 陸前もここで、理解した。

 そう。あの時点で気が付くべきだった。

 魔念人の弱点である主霊を露わにするには――魔念人を追い詰め、真の力を出さざるを得ない状態にするか、ロックンロールベイビーなナイトフィーバー状態のお腹でいなければいけない。

 そうでなければ、魔念人とは実質的に数千もの残機を減らさなければいけない相手なのだ。


「兼代君、クソバカですか。いくらなんでもあんまりすぎますよ。ちょっとくらい残ってないんですか」

「ねえ! やべえよ、すっかり出し尽くしちまった!」

「任せろって言いましたよね? めっちゃどや顔してましたよねアンタ。一体どういうことですか、前代未聞ですよ」

「お腹の中がお祭り状態の方が頼もしいとか、君は一体どういうヒーローなんだい。どんなハイレベルなギャグなの。正直ついてけないね」

「ヒーローだって人間なんで……!」


 グルスはこの会話を断ち切るように攻撃を続行してきた。

 一騎打ちを所望した兼代の意志を汲んだのか――陸前にも百目鬼にも目はくれず、自らもヒトガタは出さず、真っ向から兼代に向かう。だが今の兼代にとってそれはありがたくはなかった。

 パワータイプのジョグとも、遠距離型のミナタスとも違う。スピードと技量で攻めてくるタイプのグルスは、長剣を操る兼代には天敵と言えた。

 天照之黒影は刃渡りが1メートルにも及ぶ長剣。超速の拳を巧みに操るグルスの攻撃に対抗しきるのは困難を極める。

 ひたすらに速く、的確に削り取って来るグルスの進撃は、ジョグを止められぬ重戦車とするなら絶え尽きぬ歩兵。

 対する兼代が持つのは、対戦車ライフル。

 指揮官を討たなければ勝利は無いが、指揮官は何処にいるのか。

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