第61話

「君にはばっさり、結論から教えておく。残留思念の正体は、100%間違いなく、小学生の時の兼代 鉄矢君のものだよ」


 数日前。あの路地裏に引きずり込まれた後の話である。

 路地裏で、陸前は百目鬼からいわゆる「壁ドン」を受け、この話をいきなり切り出された。

 陸前は基本が無表情で、特殊ケースでも無表情である。だからこそ今も無表情だったが、その瞳は大きく拡大されていた。


「兼代君の……残留思念?」

「うん。そうだ。そして、敵は間違いなく今、それを狙って動いていると見ているんだよ、ボクは。だからそれを封印して欲しいんだ」

「何でそんなものが存在すると言い切れるのですか? それに、魔念人もそれを狙ってるって……?」

「蛇の道は蛇。魔念人は蛇であり、ボクはただの人さ。しかし、地面に這いつくばって同じ視点になることは出来る。さっさと話を進めるとね、魔念人は兼代君を仲間に引き入れようとしているんだ」

「!」


 陸前の瞳が揺らいだ。


「仲間に? 何でそんなことを今更?」

「たった三日で、無敵と思っていた自分達の仲間を二人も倒されたんだ。兼代君は魔念人から見れば相当な脅威だよ。人間で言えば、卓上のご飯をさあ食べようって時に食材に逆襲されるみたいなもんだからね」

「それなんて」

「トマトじゃないからね?」


 塞がれてしまい、下唇を尖らせた。


「それでだ。そうなれば、執るべき策は大抵三つに絞られる。徹底抗戦か、無視か。そして、懐柔かだ。今回の場合はこの懐柔策を選択するとボクは睨む」

「徹底抗戦ならともかく、無視も十分にありえるのではないですか? 今はまだ出現していませんが、兼代君から逃げながら行動することも十分に考えられるのでは?」

「まず、ありえない。君はちゃんと魔念人を考えたことがあるかい?」


 月日星は地べたに抵抗なく腰を下ろした。陸前は反射的に膝を折って、しゃがむ形で月日星の話を聞く。


「彼らは集合意識体だろう? そしてその意識を強烈な意志で束ねているのが主霊だ。それは無敵の城塞のような体を築くことも出来る、一見付け入るスキすら見当たらない最強の構造に見えるけど――ボクから見れば相当に不安定なモンだね。主霊にはなれなかった「ナンバーツー」達がうようよひしめいているんだろ? アレ」

「まあ、いるでしょうね」

「そんな奴らが、主霊の判断に一斉に反抗したらどうなる? コントロールを失って体がばらばらになっちゃうんじゃないかな?」


 あ、と陸前は声を上げた。納得したように、月日星は頷く。


「そう。魔念人は、体の霊魂を纏め上げるために「演じる」必要がある。彼らが一般人に危害を加えなかったり女性には手を出さないっていうのも、一見すれば彼らが紳士だからってことに見えるけど、本当は違う。怨霊とは言っても、殺人鬼じゃあない。ある程度の社会倫理を持っているのが殆どさ。だからこそ人道を完全に外れた行為は避けてるんだろうね」


 でも、欲望は別だ。彼らは道連れをとことん望んでる。

 だからこそ、ここらで主霊の威厳を見せなきゃ示しがつかない。自分が自分であるためにも。自分が主霊であるために。


「完全に一枚岩じゃない。人が集まればそれはもう社会だ。社会にはやらなきゃいけないことがいっぱいある。彼らの弱点は、そんな社会のやっかみを常に強いられることだろうね。それはもしもボクならとても耐えられないような地獄だ」


 そう言って、月日星は目の前の少女をしかと見つめる。同じように、社会への適応が著しく苦手な隣人を。


「さて、これで大分遠回りしちゃったけど、分かったかな。ボクが彼らの行動を予測した理由。予測をしやすくするための情報をくれた妹は、確かに君の言うように評価しなくちゃね。すっかりそのことを勘定に入れ忘れてたな」

「そのことはもういいです。それより、教えて下さい。何で残留思念が兼代君のものだと? それに何で小学校なんかに……」

「分からないかい? ボクのロリな妹の拘束時間もある、これまた結論から言っていいかな」

「……まあ」


 正直に言えば、結論からざっくりと話す月日星の語り口は陸前は苦手だった。余りにも衝撃の事実を容赦なく叩きつけるこの人は、心臓の小さい陸前にとっては天敵とも言える。

 しかし、陸前家が――それどころか日本そのものが最も信頼する「アドバイザー」。人界を超越した叡智の血筋がその長女・百目鬼 月日星。彼女に逆らうことは得策ではない。

 個人的な感情は、それはそれ。これはこれなのだから。


「ま、どんなだった、とか、どの程度、だとかそういう詳細は一切分かんないけどね。兼代君は100%、小学生時代には人間関係が最悪だった。だからこそ、残留思念が残っていたとしたら絶対に兼代君のだと判断できる」

「え」


 人間関係が最悪。この人はぼかした。「この人ですら」ぼかしたという事実に、肌が粟立つ。

 でも、衝撃という衝撃は、そこまででもなかった。

 知っていた。予想は出来ていたことだった。でも、それ以上は踏み込まないと決めていたことだった。

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