第62話

「意外に驚かないもんだね。そうさ。いじめだよ。小学生にとってそんな同級生、これ以上に無いほどに格好のターゲットだからね」


 こう考えること自体が自分がひねくれものである証みたいだが――陸前は、再確認せずにはいられなかった。

 小学生は天使のように可愛い面もある。

 だが、同じくらいに残虐な悪魔のような面がある。

 知らないが故に、想像も出来ない故に。それを学んでいる最中である故に。トンボの羽を躊躇いなくむしるような虐殺ですら、平然と実行出来る。

 彼らにとっては面白さこそが最優先なのだから。

 彼らからすれば兼代の体質は余りにも――「面白過ぎる」。

 陸前の目元が下を向いた。


「センチになってるとこ悪いけどね。それだけに、兼代君にはきっとそれに対する闇があるはず。魔念人は「当時の感情」そのものである残留思念を捕らえて、兼代君に訴えかけるはずだ」

「……でも、あの兼代君が。兼代君に限って、そんなこと……」

「本当にそう言い切れるのかい?」


 抉りこんでくるような百目鬼の発言に、陸前は言い返せはしなかった。

 一度だけ、彼が闇を見せた時があった。綾鷹 秀吾に、一度だけだが暴力を振るおうとした時があった。

 自分は所詮は、彼のことを良く知りはしない。

 そう思うと、羞恥心に似たものがふつふつと湧き上がってくる。


「陸前ちゃん。今回のことは、正直言ってただの予防処置だ。あんまし重要じゃない。ボクだって兼代君の覚悟を疑っているわけじゃないし、ボクが考える過去だってデタラメな推測でしかない。でも何もかも喪った後じゃ遅い。これは最後の保険なのさ。二体も魔念人を討伐した彼の腕は、きっと君が思っている以上にボクは買ってる。でも、経文の無い耳を見て見ぬふりは出来はしない。ボクは彼に仕事を依頼したけど、本当のところは「君に」依頼をしているにも等しいんだ」


 彼を、守ってやって欲しい。

 今を生きている彼を、余計な過去で邪魔させないで欲しい。

 百目鬼の異次元空間のような瞳が、この時だけは、年長者のそれにすり替わっていたように感じた。






「へえ。懐かしいなー、やっぱこの辺。机もこんなに小さかったんだなー」

「そうですね。私もまだロリキャラだった頃ですからね。ほら見て下さい、兼代君。見渡す限りのロリショタ畑ですよ。まあアニメと違って恐ろしいほどに乳臭い見た目ばかりですけど」

「その言い方やめい。あいつらは収穫物か何かなのか」


 時間まで、全員が待機を命じられた。その間に兼代と陸前の二人は、校内を散策していた。

 陸前の眼は、鋭く兼代を捉え続けている。それは、彼の感情を常に読み取ろうとしているためだ。

 辛い気持ちが刻み込まれたこの校舎を前にして。そして今こうして、その舞台そのものに足を踏み入れて、兼代は未だこれといった反応を示してはいない。

 しかし、だからといって何も感じていないはずがない。彼を、過去から守ることが自分の使命――陸前はその薄い胸の奥に、決意を新たにした。

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