第50話

 無窮天馬が上手く行ったのは、奇跡的だった。ジョグの最後の攻撃で痛みを感じなかったことを覚えていなかったら、確実に取れない行動だっただろう。

 時間が止まれば、その部分だけは完全な無敵状態になる。それは絶対に壊すことが出来ない無敵の盾だ。


「よっこら……せっと!」


 陸前を背負ってのロッククライミングはきついものがあったが、身体能力強化と1分間の無敵時間を使って何とか間に合った。ミナタスは結構造形には気を遣わないようで、所々の造形の「アラ」に指をひっかけることで何とかよじ登ることが出来た。晴れてのご帰還となる。


「よし、これで仕切り直しになるな。とりあえずあいつの攻撃はあんまし見えねえことは分かった。これからはもっと注意して進もう」

「……すいません、私なんかの為に」

「なんかなんて、言うなよ。さっきからやたら卑屈だなお前。大丈夫だ、俺はお前がいるってだけで、大分心強い」

「兼代君……」


 陸前はスマホに耳をくっつけた。

 そしてややあって、


「ありがとうござ――」

「う」


 いかん。無窮天馬が切れた。


「と……とにかく! す、すぐに行くぞ! ま、まだ迷路もあるんだ! は、早く奴を仕留めないと!」

「兼代君マジでフラグへし折りまくりますよね、そのお腹で。ブレイカーするのは中身だけにしてくださいよ」

「何の事だか分からんが、行くぞ! 俺もいい加減ヤバくなってきた!」

「速報です。ここから先の角を曲がると、20段の階段があります」

「あの野ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 マジで階段大好きだなアイツ畜生め!


「上等だよ! もう何百段何千段でも上ってやらあ、階段大好き陰湿ブタ野郎め!」

「兼代君、テンション高いね……こんな時なのに」

「お腹ピンチになるとテンション変に高くなるんですよ、この人」

「そうなんだあ」

「そうですよ。私は彼のことをよく理解してます」


 ふしゅー、と陸前は鼻息を荒くした。


「な、なな、何せ私は、兼代君との付き合いが長いのでっ」

「話し始めて半月以下だろ?」

「蹴り落としますよ?」

「どうした陸前、凶暴だな!」

「ええ、まあ、ちょっと色々ありましてね」


 色々って、ネットで雁字搦めにされている間に一体何があったんだ。

 そんなことをしていると、ふよりと――

 空気の玉が触れ。

 パアン!


「! ぐわああああ!?」

「きゃあ!? 兼代君!」

「あの野郎、空気を読みませんね」

「ぐううう……!」


 やはりこれは脅威だ。衝撃の玉・クレシェンド・フステップ。これを攻略しない限り、俺の純潔を守りぬくことは相当に難しいだろう。

 こいつの厄介なところは、ジョグの攻撃と違って「意識の隙間」を突いてくることだ。突然だからこそ筋肉の硬直が無く、防御無視の衝撃が襲い掛かって来る。

 防御も出来ないという特性上、誰かが喰らわなきゃいけないということだが、それをこの二人に任せる程俺も最低ではない。

 どうすれば、これを攻略出来るんだ?


『ピリリリリリリリリリリリリ』


 不意に、虎居ちゃんのスマホが鳴った。


「あれ? 誰だろ。知らない番号だ。ごめん、出ていい?」

「ああ。俺達はちょっと考えてるから、どうぞ」

「ごめんね、こんな時に」


 巻き込まれている立場だというのに、本当にいい子だ。


「もしもし」

『もしもし。君が兼代君かい』

「え?」


 音量を大きくしているからか、いやに大きく聞こえる相手の声は、確かに俺の名を告げた。

 ……え? 何で俺の名を? 誰だこの人?


「すいません、何のことを言ってるのかよく……」

『おーい、灯姉さん、違うよこの番号。しっかりしておくれよ』

『え!? 違う!?』


 俺達のよく知る百目鬼の声が聞こえた。


「あ、そういやさっき、百目鬼さんの妹さんが兼代君のスマホにかけるって言ってました」

「ああ、それでか。……って、ん?」


 ちょっと待て。だとしたら何故。

 「百目鬼が間違えた番号」が虎居ちゃんの携帯に?


『あー、ほんとだ! ごめん、間違えた! その番号は――』


 ジャッ!

 虎居ちゃんが急に、異常なまでの速度で左手を抜いた。


「!? ど、どうした虎居ちゃん!?」

「耳を塞いで! やばい! やばいから!」

「何が!?」


 慌てていたためか、虎居ちゃんの指は「切る」を一発で仕留めそこなった。

 そして、この動揺の真実は、


『赤間君の番号だった!』


 即座に告げられ、水を打ったような沈黙が広がった。

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