第49話

『気が付いてないね。虎居ちゃんと争ってみたり、虎居ちゃんの手と握らせてみたり、スタバに行きたいなんて言ってみたり、自己嫌悪なんていっちょ前にしてみたり。すごく、すごく、人間臭いことばっかりしているんだよ』

「それまでは、そうじゃなかったと?」

『うん。正直、何考えてるか、分からなかったもん』


 でも今は、違う。今の君は表情が無くても、とても表情豊かで。

 魅力的だ。

 友人の言葉に、頬に優しい熱を感じた。


『リッチー。君は自分がダメな女になったなんて言ったけど、ぼくはそんな言葉は認めない。失敗するから、悩むから、それを乗り越えて笑顔を見せるから、人は魅力的なんだ。機械みたいに自分の使命だけに囚われて、好きな人を好きだとも思わないように振る舞う人間は、確かに真面目な人かも知れない。でも、それは結局恋に不真面目で、自分に不真面目で、好きな人にすら不真面目な、不誠実な人間だよ』

「不真面目……ですか……」

『リッチーはきっと今の自分の変化が、とても変なことだし、嫌なものだと思ってると思う。自分を傷つけるだけのその恋心を、もう捨てちゃいたいと思っていると思う。辛くて痛くて重苦しくて気持ち悪いって、もがきたいくらいだと思う。でもね、ぼくは決して、その苦しさが苦しさだけで終わらないってことを信じている。陸前 春冬というヘタレな子が出し続けた勇気の軌跡が、君に何も残さないだなんて欠片も信じない。ぼくに出来ないくらいに純粋で、誰にも負けないくらいに純情な君の恋は例え実らなくても、きっと綺麗で大きな花を咲かせると思う』


 だから、ほんの少し、もう少し、色んな事を諦めずに、頑張ってみない?

 その先でどんなことになっても。兼代君も陸前 春冬も、君を嫌いになっても。

 ぼくは必ず、リッチーと一緒に居るから。


「……」

『それに。そもそも諦めるにはまだ早すぎるんだよ』

「何にですか?」

『全てにさ。上、見れる?』

「上?」


 ネットをこすって、首を傾けた。上を見れば、光の筋のような外の世界が見える。

 そして、その光に混じっているのは――


「え」

『好きになったのなら、夢を見な。いつでも自分を助けてくれる、最高のスーパーマンが彼だって、信じていなよ』


 恋は幻滅の繰り返しだけど。

 今君に見えているのは、幻かい?

 百目鬼は電話越しに、意地悪な笑い声をあげた。その頃には既に「彼」はその顔まで確認できる距離にまでいた。

 即座にヒトガタが群れてネットを展開するが、


「邪魔だ!」


 黒い剣で悉くを切り裂く。その先に待っているのは、奈落への落下だ。

 しかし、直感で理解した。この人がやろうとしていること、それは――


「無窮天馬!」


 彼は「尻餅を突くように」体勢を変え、下半身の時間を止めた。

 すると、20メートル近く上からという盛大な尻餅をついたにも関わらず瞬時に立ち上がり、かかって来る周りのヒトガタ達に刃を振るう。3、4振りで全てのヒトガタを殲滅し終える、圧倒的な戦闘だった。


「……ど、どうして、来たんですか? 無窮天馬を使ってまで……私なんか」

「陸前。お前、大富豪やったことないだろ? それか、これはローカルルールかな」


 尻の時間が止まっているためか、彼の顔には余裕があった。


「ジョーカーで上がっちまうと、負けになるんだよ」


 兼代 鉄矢はそう言って、陸前のネットを二振りで切断した。


「クイーンくらいの強さがちょうどいい。立てるか?」


 そう言って差し出した兼代の手を、勢いよく取ることは出来なかった。おっかなびっくりに手を上げて、薄暗さを利用して、挑発的に彼を見上げる。無表情は無表情なりに、精いっぱいの表情をつけて。


「その大富豪で遊んでいるのは、誰でしょうか?」

「自分から大富豪で喩えだしたくせに、酷いな。そんな恨めしそうに。俺達だよ。陸前も、一緒だろ」

「……」


 きゅっと掴んだ手には、必要以上の力がこもっていた。


「私、やっぱり、兼代君を選んでよかったですよ」

「? まあ、そうだろうな。普通の奴なら最初の攻撃でもう……」

「そっちじゃないです」

「え? じゃあ何のこと?」

「ナイショです」


 今は答える勇気は無くとも。必要以上に身を寄せる勇気くらいは、ある。

 そんな些細な勇気をくれたものは。


「まあいいや。じゃ、早く戻ろう。虎居ちゃんも残してるし」

「はいっ」


 陸前は、いつも以上に力強い返事を返した。

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