第51話

 赤間 龍一とは、人類が生んだ最大のバグの一つである。その真の性別を誤解させる容姿のエピソードは枚挙に暇が無い。小学校の頃からプールの授業の着替えはトイレでさせられ、修学旅行では大浴場を使用禁止。トイレも赤間専用の部屋が学年を通して特別に用意されたなど、先生たちを困らせ続けてきたほどだ。

 しかも本人がその容姿をコンプレックスに思うどころか面白がって利用するというゲスな精神を持ち合わせているから手に負えず、俺も内心警戒し続けてきたつもりだった。


「……あーあー。ッチ。アイツに番号教えるべきじゃあなかったぜ」


 虎居ちゃん、改め、赤間は舌打ちしながらゆっくりとスマホを切った。すでにさっきまでの天使の様な顔ははぎ取って、いつもの赤間が見せるスレた渋面が張り付いている。


「お……おま……お前……?」

「あ? あーあー、そうだよ。俺だよ。赤間だよ」


 一切隠すことも言い訳もせず、こいつは言ってのけた。


「あ……赤間……! 赤間てめえええええええええええええええ! 俺を騙していたのか!?」

「クッククク、何だよ、そこまで怒るんじゃねーよ。ハニートラップってやつじゃねーかよ。おかげでいい暇つぶしにゃあなったぜ」

「ひま……! お、おま、く、虎居ちゃ……! う……!」

「そう、それだそれ。その顔が見たかったぜ。クッククク、やっぱりおもしれえなあ、こういうのはよ。ちょろっと男を落とすための演技してるだけで勝手に引っ掛かりやがるし、マジウケたぜ?」

「……!」


 もはや、怒りが湧きたちすぎて何も言えない。拳すら振るう気が起きない。

 このゲス野郎、クズ野郎、最低野郎、やりやがった。やっちゃいけない領域のことをやりやがった。言葉すらもう紡げはしない。


「クックククク、おやおや、随分「虎居ちゃん」にお熱だったみてーだなァ? そもそも気づけよなー、この程度のことよォ。ヒントはやってたんだぜ? 龍から虎、赤から藍。気づくためのヒントはやってたつもりなのに、これだかんなあ。でもよかったろォ? そんなうまい話はねえってよォ。これがガチな悪女だったらお前の金全部むしり取られた挙句に、同じことされんだぜ? タダで授業出来たって思いなよ」


 いけしゃあしゃあとこいつは言ってのけ、バッグを男らしく肩に担いだ。


「んじゃ、俺はこれで邪魔すんぜ。後はせいぜいよろ――」

「待って下さい」


 ぐわしい。

 一度掴まれたら最後、絶対に逃れられないデーモン・ハンドこと、陸前ハンドが入った。

 そしてその先にある陸前の眼は、暗黒物質すら光の欠片に見えてしまうほどの深い闇に染まっていて、その迫力は計り知れないものがある。


「……兼代君。私、今、ものっ凄い策を考えたんですよ。ミナタスの攻撃を無効化出来る、必殺の策なんですけど。聞きたいですか?」

「いいや……陸前。その必要は無い」


 そして、俺の眼の玉も、恐らくは、陸前と同じ色をしているだろう。


「ちょうど俺も策を考えたんだ。そしてそれはきっと、陸前と同じさ」

「それは私もそう思います」

「さあ、赤間? 協力してくれよ。友情の名のもとに」


 赤間の襟を踏んづかんだ手は、興奮で震えていた。

 ここから始まる。

 本日出会った敵。その全てに対する復讐劇が。

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