第43話

「……か、かか、兼代君、知ってます? その、加地っていう人、こないだ発売したゲームで声優さんとして登場したんですよ」


 俺の右隣の陸前が、恐ろしく低くて萎縮したような声で言うと、虎居ちゃんがそこに食いつく。


「あ! 知ってるよ、それ! えーっと確かー、「叛逆裁判11」の犯人役、だっけ!」

「! そ、そそそ、そうです。か、兼代君は知ってまし――」

「そうそう、叛逆裁判と言えば! 今度実写映画になる叛逆裁判に、新居 まるるさんが出るんだよ! 私、それだけのために今度叛逆裁判シリーズ買っちゃおうかなーって思うんだよねー。兼代君はやったことある?」

「いや、やったことないな。ほんっと俺はゲームしないし」

「今時珍しいよねー、兼代君みたいに高校生でもゲームしない人。私の高校だと、みーんなモンパンくらいはやってるのにね」

「そうですよ兼代君はもっとゲームをするべきです。そしてもっと私の話についていけるように――」

「だから兼代君の話は楽しいね! へへへ、こっちも分かることばっかりだし。正直、分からない話とかされてもー、あんまり、ねー?」

「ま、まあ、疲れはするよな」

「話題が乏しいのかな、とかも思っちゃうよね」


 ギゴギゴギゴギゴギゴギゴ。

 ズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴズゴ。

 歩きながら何か陸前がガタガタ震えまくっているが、あまり触れない方がいいだろう。


「あ、そういえば、兼代君と、陸前さん。さっきからちょっと気になってたんだけどー。二人ってどんな関係なの?」

「なっ」

「関係?」


 前者が陸前。後者が俺だ。

 ……関係? 関係……

 仲間? 友達? どっちだろう?


「……まあ、そうだな。俺達は……何とも言い難いっていうか……どうしてそんなことを?」

「んー、いやね。実は最近、彼氏と別れちゃって」


 彼氏と別れる。

 別れる程の相手がいるという時点で、やっぱり俺とはちょっと違う人種なんだろうな、と変なことを思う俺だった。


「それで、ちょっと、そういうの……気になるかなって」


 ちらり、と俺に向けた視線は、やけに熱っぽい――気がした。

 ……え? え? ちょっと、待った。待ってくれよ。

 いや、嬉しいけど? 嬉しいんだけど、え? まさか本当にそういうこと? いやいや、そんな都合の良い展開はありえない。あわてるな、これは孔明の罠……

 だが、しかし。

 さっきの俺の飲みかけを飲んだ時の意味深な発言といい……この子、本気で、まさか? いや、どうなんだ? 俺は鏡で自分の顔を鑑賞するような趣味は無いが、確かにそこまでは酷くはないし可能性としてはありえ――


「!」


 ビキイイイン!

 しまった。緊張し過ぎた。

 体質が――発動した。


「ご、ごめん! ちょっとトイ――」


 近くで、なるべく入りやすそうな店を瞬間的にサーチする。しめた、隣の高層ビルの一階にコンビニがあった。あそこまで――

 ぐわしい。


「!? な、何、陸前!? 済まないが今は冗談に付き合――」


 またいつものような、唐突な陸前ハンドだと思った。

 しかし、いつもの待って下さいハンドではないと、直感で気が付いた。


「あ、あの、虎居さん。その、ですね。兼代君は、その、私の……悪いですけど、そのっ」

「……?」


 何? 何が始まろうとしてるの?

 困惑する俺に対し、虎居ちゃんは何かを察したのか、項垂れながら。


「そっかあ。うん、やっぱ、そういうことだよね。ごめん」

「えっ」


 陸前が声を詰まらせた。


「あ、あの、すいません。決してそういうわけでは、その」

「そういうことじゃないの?」


 何だこれは。凄く俺が置いてけぼりな状態で重要なことが進行してる気がする。その後もよく分からない問答が続いた後、陸前はついに、


「う、うわあ」


 普通の人間ならここで叫んでいたんだろうが、そこは陸前 春冬。極めたる棒読みで俺の腕を離し、明後日の方向にダッシュをかけた。

 逃げてしまったのだ。


「陸前!?」


 だが――その明後日の方向が、マズかったようであり。


「いたっ」


 同時に、幸運でもあった。後に俺はそう思う。


「す、すいませ……」

「いえいえ。この程度のこと、許しますよ。陸前 春冬」

「え」


 陸前が顔を上げた先に居た男は、にっこりと繕ったような大げさな笑顔を浮かべる。

 それが俺の直感を刺激した。


「魔念人……!?」


 巨大な帽子を被り、まるで魔術師のようなローブを纏った男。

 ジョグとは違い細身で筋肉は乏しいが、その威圧感はジョグと同じもの――


「ええ。その通りです。私はミナタス・ワルプルギストリッカー。魔念人の一人でございます。初めまして」

「ああ。初めまして、だな。……そして! ここでお別れだな!」


 俺はポケットに手を突っ込み、神器を解放した。

 黒い刀身が解き放たれるのを確認すると、ミナタスはふっとせせら笑う。


「これはこれは、奇遇です。私もちょうどそれを言おうと思っていたところなんですよ」

「? ……陸前、虎居ちゃんを安全なところへ!」


 こいつ、「何か」をする気だ。それを感知したから、俺はこう言った。しかし、神器解放の前にこの指示を出すべきだったのだと、直後に思い知らされる。

 俺達の背後と真横のコンクリートが、意志を持つようにせりあがったのだ。

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