第44話
「!?」
「きゃあ!? な、なにこれ!?」
「……!」
あっという間に俺達は退路を塞がれる。そして同時に、俺はトイレへの道も塞がれることになってしまった。
そして正面に向き直ると――そこには、こんな比ではない変化が起こっていた。
「何だ……これ?」
それは、立体の迷路。
周りのコンクリートを捻じ曲げ、操り、組み換え、伸ばし、整え、創り上げたそれは、独創的な遊園地の遊具のようでもあり、絶望の顕現でもあった。
戸惑う俺達に、迷路の上からミナタスの声が響いてくる。
「私はこの迷路のゴール……最上部にいます。ですがまあ、無意味な情報でしょうね。もう私は、貴方方に会うことはないでしょうから」
自信満々な言葉に、思わず歯が軋った。
「卑怯だぞ、ミナタス! 出てこい、勝負しろ!」
閉じ込められた迷路のスタート地点で吠えるが、それはミナタスを可笑しくするものでしかなかっただろう。
「自分が行う策謀は作戦に、敵が行う策謀は卑怯に映る。そういうものなのですよ、尻の男」
「尻の男!? それって俺のことか!」
「あれだけの剛の尻を持っている男への、せめてもの敬意を込めた呼び名です」
「最低過ぎるだろ! もう蔑称だろ! 剛の尻って何!?」
「それはともかくです、尻の男よ」
女の子二人の前で尻呼ばわりされるという壮絶な精神攻撃の直後、ミナタスはせせら笑いながら続ける。
「ジョグ・インフェルノマーダーを倒したことで、調子に乗っているかも知れませんが……。この私を、ジョグと一緒にしてもらっては困ります。あの男は、余りに愚直が過ぎましたから。私は、あんな風に直接対峙などはしません……いえ、する必要が無いのです。何故なら私は、この世で最も尊く貴重で、有限な資源を意のままに出来る無敵の能力を持っている」
「資源……?」
「それは、地形です。山を使って奇襲をかける、退路を確保する、狭い道に追い込む、河を背にしない……。かの諸葛孔明の弟子も、孔明が陣取ってはならないと警告した地に陣取ったために大敗し、師に斬られました。泣いて馬謖を斬る、という故事成語はご存じで?」
「賢さアピールか? 頭が下がるね」
「少なくとも、先ほどの邂逅で攻撃を仕掛けなかった貴方よりは賢いと思っています」
「く……!」
相手が魔念人だと察してからの行動が、遅かったというわけか。
しかし、状況はミナタスの思惑通り、といったところか。俺達はすっかり閉じ込められて、後はこのまま迷路で俺が果てるのを待てばいい。しかも、虎居ちゃんという絶対に巻き込んではいけない部外者までセットになっていて、ミナタスにとってはこれ以上に無いくらいの――
「部外者……? そうか! おい、ミナタス! いいのか!?」
「何がですか?」
「お前、女の子を一人巻き込んでるんだぞ!? いいのか、出さなくても! ジョグは解放してたぞ!」
奴らの謎ルールに、ここは付け込ませてもらおう。
こいつらは男しか狙わない。女の子に手出しをするのは、禁忌のはず。少なくとも虎居ちゃんだけでも解放をしてもらい、あわよくば俺達二人もそれに乗じて抜け出す。
だが、ミナタスの返事は――
「……アポカリプス進度が一定以下です」
絶望的だった。
「そしてですね、尻の男! これだけは言っておきます! この私に、二度と淑女のアポカリプス進度の計測をさせないように!」
「あ! す、すいません、ミナタス!」
「お嬢さん方二人! 聞きましたね! 貴方方は敵同士ですが、女性です! トイレに行きたくなったら我慢せずにすぐに言いなさい! 真実の場合のみ、解放します!」
「し、紳士なんだね……あのミナタスって人は……」
「変な矜持は持っているらしいからな……」
声を荒げていた辺り、本気で言っているのだろう。敵ながら、こういうところは天晴だと同じ男として思う。
「さて、尻の男よ。そんなところでまごついている場合ですか? 早めに道を進むことが、最善と私は考えておりますが」
「最善……!」
よく言えたものだと悪態をつきたくなるが、確かにその通りだ。俺の中にいる下水道行きの内定者は、徐々にだがその存在感をアピールしている。
ただ時間が過ぎるだけでもその存在は無視できないほどに重たくなっていく。相手の目的と状況がこれほどかみ合った状態もないだろう。
しかしここは迷路。一体どうすれば、ここを抜け出すことが――
『熱き怒りと、勇気を胸に! 進め我らが鋼の勇者あああああ!』
「? 電話ですね。何でしょう、こんな時に」
「お前のスマホ着信音スゲーな」
「え? ……百目鬼さんです?」
「え」
百目鬼だと? この状況で?
「もしもし、陸前です。……え? 上? マジですか?」
「な、何だ!? 上!?」
「そもそも何でそんなところに……ええ、ハイ、ハイ。分かりました。それなら……ハイ」
陸前は耳からスマホを離すと、きょろっと俺に目を向ける。それははしゃいでいる子供のような動きだった。
「兼代君、やりました。何で百目鬼さんがいるかは分かりませんが、この迷路は攻略したも同然ですよ」
「何? 一体どうしてそんなことが?」
「上を」
指示されるままに、俺は頭上を見上げた。
乗り越えることは出来ないが閉ざされているわけではないこの迷路の上は空が広がっていて、横にある高層ビルの上の階まで見える。
そしてその屋上に――人影。
ぶんぶんと手を振っている人物。
「ど、百目鬼か!? アレ!」
「ええ。あそこから迷路を俯瞰して、私達をナビゲートしてくれるらしいです。双眼鏡も持ってるので、細部までバッチリとのことですよ」
「でも、何で百目鬼が? 用事があるって言ってたんじゃ……?」
「中止になったみたいで、そこでちょうど私達を見つけたらしいです」
何で双眼鏡まで持っているのかは非常に気になるところだが、有難いことこの上ない。上から見る迷路は、紙に書かれたものと同じだ。百目鬼ともなれば、その攻略は容易い。
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