第42話

「え、ええ、いいっすよ。陸前も、いいか?」

「え? ……ま、まあ、別に、いいですけど……」


 陸前もこの美少女力に圧倒されているらしい、口が半開きでこの子を見つめている。美少女はそれに対し、


「ありがとうございます! じゃ、失礼します!」


 明るく張りがある声で、俺達の席に腰かけた。

 それも――俺の隣に。


「なっ」

「えっ」


 待て。普通、陸前の方に行かないか? 何で俺の方に?

 陸前も無表情で呆然としているが、この美少女はむしろ俺に体をくっつけるように座っている。

 それを見て何かに反応しているらしい。陸前はカタカタ体を震わせていた。


「ふー。しかし、助かりました! 駅の周りって広くて歩き疲れちゃって。座れなかったらどうしようって思ってたんですよねー。へへ、私、体力無くて」

「ま、まあ、大変ですよね。この辺りって。歩道橋とかも結構ありますから」

「そうそう! そうなんですよ! 私、アレがとっても苦手なんです! ちょっと歩いただけで疲れちゃって、まだまだ若いのになー。おばあちゃんみたいだよねー、へへへ」


 陸前と接していると、この子の表情の多さに驚いてしまう。動物とは同じ骨格を持っていても、こうも個体ごとに違うものなのか。

 思わず感心していると、この美少女はその大きな目を俺の飲みかけフラペチーノに向ける。


「あ、フラペチーノ。もういらないの?」

「? ああ、それはこの子にあげようかt」

「ちょっと飲ませて!」

「ファ!?」


 と。俺のストローを、自然な動きで取り――

 そのまま、ちゅうーーーとフラペチーノを――オオオオオ!?


「え! お、俺の使った後っすよそれ!?」

「あ! ご、ごめんね? 私、あんまり回し飲みとか気にしない人だからー」


 ガガガガガガガガガ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 正面の方から凄まじい振動音が聞こえてくるが、あえて向かないことにする。それよりもとんでもないことが起こっているからだ。

 普段はあまり町の方には来ないが、これが町のレベルというものか? これが都会っ子の文化圏というものなのか?

 困惑するやら恥ずかしいやら何か嬉しいやら色んな感情がない交ぜになった状態で唖然とこの子を見つめていると、「まあ」、と照れ笑いのような表情を見せる。


「もちろん、相手はちょっとだけ、選んじゃう、だけどねー」


 後頭部を打ん殴られるような衝撃が走った。






「な……何なんだ……誰なんだいあのビッ〇はあああああああああああ!?」


 スターバックルの外で双眼鏡を持っていた灯は、光に対して鬼の形相で詰め寄っていた。


「僕が知るはずないだろ、そんなもん。しかしモテるもんなんだね、あの男も。隅には置いておけないようだ」

「く……くそう! くそう! キイイイイイイイーーーーーーー、あんなの絶対にリッチー勝てるはずがないじゃないか! チートだ! 反則だ! っていうかマジで何なのあの子!? いい子だけどヘタレでオタ知識ばっかりで表情無くてよく分かんないリッチーには強すぎる! あーーーーああああああもうーーーー!」

「灯姉さん、ちょっと落ち着けよ。ならいっそ「ひかり」姉さんに電話して策でも聞けばいいだろ? 今なら暇だろうし」

「嫌だよ! あんな24歳未経験な処女を腐らせた変人の意見なんか何の参考になるの!」

「今のキャラ崩壊してる灯姉さんよかマシだと思うけどね、僕は」

「兼代君も兼代君だーーー! 全く、何をやっているんだ! 童貞か! 回し飲みくらいで、もーーー見てらんない! か、かかか、関節キッスぐらいで騒ぐことかねまったくもう! ガイコクデハソモソモキスナンテタイシタモノジャナイッテノニ、コレダカラケイケンノトボシイヒトハスグニカンチガイシチャッテ、ワルイコニダマサレチャウンダーーーー!」

「もしもし、「ひかり」姉さん? うん、ちょっと灯姉さんがぶっ壊れて発狂してるんだけど、いい対処法知らないかな? ん? 何言ってんだい。このままじゃ灯姉さんが通報されて面倒起こしそうだからだよ」


 ぶんぶん両手を振り回し地団太を踏む百目鬼 灯は、通行人の注目を大いに浴びている。

 そしてその中には、普通の人間とは異なる――異様な影があった。


「兼代……? 確かあの尻の男の名は……」


 巨大な帽子を被るその男は、スタバの店内に目を向け――その顔を、残忍にゆがめた。






「そうそう、いいよなー、あのドラマの俳優さん……えっと、名前なんだっけ」

「加地 清助! あの演技、私もすっごく好きだなあ! この間の「残業探偵」の時の最終回、見た? あの演技すごいよね! その前の話でも、確か出てて……あれ、二つ前だっけ?」

「あー、加地さんが出てたのは一つ前でいいんだよ。中盤少し出てただけだけど」

「あー、そうそう! そうだった! すごいね、記憶力いいんだね!」


 虎居 藍(とらい あい)ちゃんはそう言って、テンションも高めにぱんっと手を叩いた。

 俺達は休憩を終えて、次の目的地に向かっている。ちょうど虎居ちゃんも用事があるというので一緒に向かっているわけなのだが、この子がとても面白い。明るくて表情豊かな美少女というだけでも十分なのに、俺と何かと話題が合い、話が尽きるということがないのだ。話すだけでなくよく聞いてくれる子でもあって、これほどに楽しく人と楽しく会話をしたことは無いと言っても過言ではないくらいだ。

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