第38話
駅前は多くの町と同じようにこの町で一番の繁華街である。
俺はまず利用することがないような女性向けのファッションビルを2つも備えており、全国規模のデパートも1つ建っている。いつもの俺ならまず足を踏み入れないようなお洒落かつモダンかつビューティーでファビュラスなお店がずらりであり、若々しい活気に満ちていた。
「うちのマミーと何を話してたんですか?」
「お前マミーって言ってんの?」
「ジョークです。ギャグってのは、意味が分からなくても笑うもんだととある男は言いました」
と、相変わらずこんな訳の分からないことを言う陸前のファッションセンスはこのカオス状態の町では、なるほど。少し変わった趣味だが見ようによっては芸術的な色彩感覚の持ち主と捉えられるかもしれない。芸術とは便利な言葉だ。
「しかし、百目鬼さん少し遅いですね。いつもあの人、きっちり集合時間の15分前には集合してるじゃないですか」
「そうだな。まあ、だらだら待とうじゃねーか。っていうか駅前のどこで待ってりゃいいんだろう」
「やっぱしアレの前では?」
指さした先にあるのは、この駅の集合スポットとして名高い、「豆腐を投げる婦人」像だ。躍動感溢れる投球フォームで木綿豆腐を投げようとしている裸婦の姿は一部で非常に高い評価を得ているらしいが、この全力豆球に芸術を見出せる人のセンスに感心せざるをえない。
その前には、お相手がやってきたカップル・お相手待ちの若者がうじゃうじゃと。
必然的に俺達も、そう見られてしまう……だろう。
……
「……」
「……」
「トイレ行ってくる」
「奇遇ですね、わ、わわわ、私もちょっと」
ハードルたけえ。これはハードルが高い。クラスで色男と名高い高宮だの、彼女とのバカップルっぷりを見せつけてくる白石だのがあそこに潜伏している可能性も否定出来ない以上、目立った行為は厳禁だ。うん、この判断はベストのはず。
さあ、百目鬼、後はお前待ちだ! 早く来て! 早く――
PPP、PPP、PPP
「ん? 着信? ……え、百目鬼?」
「え、百目鬼さんですか? まさかドタキャンってこたあないでしょうね」
「ははは、ねえだろそりゃあ。あの聖人君子だぜ?」
そう。百目鬼 灯さんはあの百目鬼 灯なのだ。将来ノーベル平和賞を内定していると言ってもいいほどのお方! きっとこの連絡は、君達はどこにいるの? とか言ってくるに違いないはずの電話だ!
「もしもし」
俺は出た。
『ごめん! ドタキャンする!』
秒速で俺の信頼を裏切られた。
「……………………」
「……………………」
俺達はどちらからともなく顔を見合わせた。
きっと俺達の心は今、一つになっている。瞬間、心、重なり、今なら魔念人もダブルキックで倒せそうな勢いである。
「……えっと、百目鬼さん? 百目鬼さんですよね貴女」
『え、そうだよ! でもごめんね、急用が入った。家庭の事情で! だからごめんよ、お二人で過ごしてね!』
「ふ、二人で?」
「二人で……」
この若者の街で。
男女が二人きりで歩いている。
それはつまりはそういうことだ。
百目鬼は反論は許さんとばかりに向こうから切って来た。
沈黙が流れ。俺達は再び顔を突き合わせた。
「……どうする?」
「あ、あわわ、わ。ですよ。ちょっとコレ。どしましょ」
「うーん……」
とはいっても。いずれにせよ俺達は外にいないといけないわけでありまして。何より、俺は、昨日の夜。ある『先生』と実は綿密な打ち合わせをしていたわけでありまして。それを無駄にするのもアレかと思うわけで。
「うん、そうだな。こうなっちゃったら仕方ねえ。行こうぜ」
「マッ」
「驚き方も変だなお前!」
「ま、マジですか」
「ああ。いや、お前が嫌っていうならいいんだ――」
ぐわしい!
食い気味の、絶対回避不可・発生保証・強判定持ちの陸前ハンドが俺の肩を掴んだ。
「まま、待って下さい。いいです。オッケーです。いやむしろ、ウエルカ……いえ、ウエルダン……いえ、ミディアムレア」
「ステーキ屋じゃねえぞ俺は! 何語だ! ……実はちょっと、まあ一応、こんなこともあろうかと目星はつけてた場所はあるんだよ。じゃあ行くか」
「え、ああ、あの、その、兼代君」
「何だ?」
陸前は陸前ハンドを離さないまま、俺の顔を見ている。
「その、えと、何と言いますか……よ、よろしくお願いします」
「あ、ああ」
こうして、なんだかもやもやは残るものの。
降ってわいた陸前との休日が幕を開けるのだった。
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