第39話

「ふっふっふー。二人で行ってくれたねえ」


 とあるビルの影に、双眼鏡を手にする者の姿があった。

 彼女はそのキラキラ光る目を今は策士のそれのように染め上げて、薄ら笑いを浮かべている。


「作戦は上手く行ったみたいだよ、光(ひかる)」


 百目鬼 灯は、自らの後ろに居た「妹」に声をかけた。

 百目鬼家第三女・「百目鬼 光(どうめき ひかる)」。中学三年生の彼女は、いわゆる「近寄りがたい」という風貌をしている。顔立ちこそまだ幼さが残る美人なものの、気難しそうに寄せた眉根、への字を描く口元という顔つきが、彼女の光すら引きずり込む「沼」のような目と相まって、人に威圧感と嫌悪感を与える。


「だから何だよ、言ったろ。「僕」はそんなの関係ないって」

「もー、相変わらず冷たいなあ光は! 若者たちの甘酸っぱい微妙な距離感を縮めんとするこの崇高な作戦、めでたいと思わないのかい!」


 古典的な裏拳ツッコミは、殺意を伴うほどの睨みで返された。しかし灯はそんなことを意にも介さない。

 今まで百目鬼 灯は数々の相談事を請け負ってきた。だからこそ、分かるのだ。

 陸前 春冬。彼女は余り表に出していないようだが、明確に。切ないほどに。いじらしいくらいに、確定的に――兼代に想いを寄せている。

 その理由は分からないが、理由なんかどうでもいい。

 今自分がすべきことは唯一つ。友人の恋を応援することである。

 そんな大義に燃える以上、たかが妹の冷徹で残酷なツッコミ一つ、スルーもスルーだ。


「灯姉さんの頭はめでたいとは思うけどね。そもそも何で僕が必要なんだ。灯姉さんならともかく、どうでもいい人達のどうでもいい関係の後押しなんて、どうでもいいの二乗じゃないか」

「だって一人でいるの嫌だもん! 一人で双眼鏡持ってストーカーなんて通報ものだもん! いいでしょ、どうせ暇だったんだからー」

「だもんじゃないよ、実にキモイよ灯姉さん。ったく」


 百目鬼 光はふてぶてしく腕組みをし、不機嫌に舌打ちをした。


「約束通り終わったらサンゼリア連れてってよね」

「……思うけど、一人で行けばいいんじゃないの? 一人で行けないの、サンゼリアくらい」

「僕はボッチ飯嫌いだ。でもサンゼリアに行きたい」

 小生意気なのに欲には忠実なんだよなあ。などと思いつつ、灯はストーキングを再開した。





 俺達はまず最初に、目星をつけていた服屋に立ち寄ることにした。この町で一番のファッションビルの2階という、普段の俺なら絶対に足を踏み入れないエリアである。初めて入る女性服の店は緊張したものの、こっちには女性がついていると思えば大分心強い。


「思えば私、服をまともに買い物に来たことないですね。そもそも服屋はちょっと苦手なんですよ。入ると、お母さんもお父さんもこぞって自分の好みの服を持ってきて押し付けてきますからね。私はリポちゃん人形なんですかって何回も言いましたよ」

「いいじゃねえか、愛されてて」

「本人達曰くヴァーヴィー人形らしいですよ」

「人形ではあったんだな! まあ人形っぽい雰囲気ではあるけど!」

「そもそもファッションとはなんぞやって話ですよ。私は見た目より中身が大事派なんですけどね。ゲームもグラより中身です」

「うーん、まあ、おおむね同意できるけど……言うほどお前中身自慢できるの?」

「兼代君ってマジで何でそう人が傷付くワードを連呼するんですかねえ。ナチュラルボーンハートブレイカーですかアンタ。私がメンヘラなら命の危険すらありましたよ今の発言」

「あ、いや! すまん! でも、その、お前結構そういう趣味だし。見た目も結構いいからどっちかっていうと中身を見た目が補ってる感じがあるじゃん」

「持ち上げながらディスるって相当高度なことしますね」

「普段ディスられてるからこういう時くらい復讐しなきゃな」

「ぬう」


 これにはさすがにぐうの音も出ないか。ディスってる自覚はあったらしい。


「とりま服を選びましょう。どれがいいですかね」


 と、露骨に話題を逸らして来た。しかし陸前は本気で自分で選ぶつもりがないのだろう、何故かインナーのコーナーにその無機質な目を向けている。

 まったく、仕方がない。

 こういう時こそ――使わせてもらうぜ。

 昨日の修行の成果をな!

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