第30話

 所は変わり、俺達が居るのは、屋上だ。あれだけの騒動がありながら一時間目を敢行するという、保護者からの声が通りやすいご時世に真っ向から反逆する行為を行っている校舎は静かで、先生達の淡々とした声が聞こえるのみだ。そこにある申し訳程度の汚れたベンチに腰掛けて、俺達は話している。

 俺達はいわゆるサボりにあたるわけだが、そこのところは百目鬼が(ケガ無し。本当によかった)上手く言い訳してくれるらしい。まあ、あれだけの大立ち回りをした後なのだから、言い訳などいくらでも立つだろう。

 陸前も、制服の乱れや汚れは見られるものの、外傷は見られない。神器も元通りの髪飾りに戻っていて、すっかりいつもの精巧な機械人形のような女子高生になっている。


「まずはインフェルノマーダー討伐、お疲れ様です。何だかいちいち技名叫んでたりと色々ツッコミどころはありましたが、兎にも角にも魔念人の一角を落とせたことは非常に今後の戦いに有利になりますよ。何だかいちいち口上を述べてましたけど」

「アレは解号みたいなもんだろ! なんか頭に出てきて、それを唱えなきゃダメみたいな感じだったんだよ!」

「じゃあ何で発動後に言ってたんです? あんなベッタベタな昭和の少年向けアニメみたいな解号なんか今時あるんですねって思いながら聞いてましたが」


 うるせえなこいつ。あの時は色々ギリギリだったからテンションが変だったんだよ、察してくれよ。


「ま、そのことは墓場まで持って行ってあげますよ。神器の覚醒もおめでとうございます。まさか一等級の神器だったとは私も思いませんでしたので、覚醒に時間かかってしまったみたいですね」

「一等級? 何だそれ」

「神器の中でもかなり格上ってことですよ。ゲームで言えばロ〇のつるぎくらいですよ。もしくはおうじゃのつ〇ぎ」

「何でゲームで喩える! 俺は両方知らん!」

「じゃあ何なら理解してくれるんです? じゃ〇ろSPとかですか?」

「知るか! 何だか知らんが絶対マイナーだろそれ!」


 ついでに言えばクソゲーのにおいもする。

 陸前はそんな俺への抗議もどこ吹く風、と言わんばかりに風に吹かれ、淡白な視線で町を見下ろしていた。相変わらず何を考えているのか全く読めないが、容姿端麗というだけで絵になる構図だ。少しずるいと思う。


「さて、じゃあ、雑談もそろそろ、ですけどね」

「雑談だったのか今の? 普通に設定公開の時間だった気がするが」

「……」

「陸前?」


 チャージが挟まった。こうなったらもう駄目だ、しばらく放っておくしかない。

 完全な停止状態は数分続く。こいつの頭の中ではぐるぐると何かしらの想いが回っているのだろう。それだけに、これから何か重要な話をされるのだろうという覚悟を決める時間もある。

 しかし陸前のこのチャージ後のショットは、俺の覚悟を容易く上回って来た。


「突然ですけど。やっぱり、神器を返して下さい」


 それは。

 俺の眼を見て、しかと言い切られた言葉だった。






「どういうことだ?」


 俺にこの神器で戦って欲しいと言ったのは、昨日だったはずだ。

 俺がやっぱり駄目だと言って返すのならばまだしも、陸前から言い出すのは道理というものがおかしいだろうに、陸前は毅然としていた。

 いや――よく見ると、手元にあのカタカタが見える辺り、完璧ではないらしい。


「そういうこと、ですよ。今回で分かりました。やっぱり、兼代君を戦わせられないです」

「何でだよ? その、えーっと。トロのつるぎだっけ? それみたいなの覚醒させたんだから」

「何です、そのお寿司屋さんのコラボメニューみたいなの。〇トのつるぎです」


 そこはしっかり訂正するんだ。さすがオタク。


「ただ、本当に心から、ああ無理だ、と思ったんです。だって余りにも、痛ましすぎるじゃないですか。ずっとあんな我慢しながら戦って、あんなに辛そうにしてて」

「それは……始まる前から分かってただろ?」

「それに、私は正直……魔念人を舐めてました」


 覚悟が完了したから、一気に吐き出すつもりなのだろう。回り始める陸前の舌は減速を見ない。


「もっと私の力は通用すると思ってたんです。でも、私、何も出来ませんでした。ろくに足止めすらも出来なかったんです。いっぱいいっぱい訓練はしてきたはずなのに何も出来なくて、結局兼代君が十割やってくれました。やらせてしまいました。……毎回あんなのと兼代君だけを戦わせてしまうことになってしまいます」

「……」

「それに、それに、綾鷹君みたいな反応も、もっと受けるでしょう。神器を持っている以上、相手も狙ってくるはずです。今はいいかも知れませんが、この先も続いてしまえば……」

「……陸ぜ」

「結局、私の意気地なしが原因なんです、全部が全部。だから最初から、私だけでやるべきだったんです。私がもっと頑張ってれば、私がもっと兼代君に早く話をしてれば、私があの時綾鷹君に何かしら言ってれば、色んな事が起こらなかったんです。だから、これ以上は私の責任なんです。だから……」


 陸前はそこで区切ると、突然動き出し。

 俺のポケットに手を突っ込んだ。


「神器を、返して欲しいんです」

「強行!? その流れで強行するのかよ! もはや奪い取るつもり……あ、どこ触ってんだ、エッチ! 変態! 離せコラ! 離せコラ!」

「覚悟を決めた私に敵うはずないでしょう」

「馬鹿野郎俺は勝つぞお前!」


 少し押せば、非力な陸前はあっさりと剥がれた。その後でもわちゃわちゃ動いてはいたが、やがて敵わないと見て沈黙する。これが三人だったら敵うはずなかったかもしれない。

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