第31話
「まあ、落ち着けよ、落ち着けって。言っただろ、協力するのは俺の意思だって。俺は本当に、この手でみんなのトイレタイムを守る力が欲しいんだ。それに、もう今更手放したって遅いだろ、ジョグを倒しちまったんだから。俺はもう魔念人と戦うしかないんだ」
「隙ありです」
「あっても突くな! ポケットを狙うな!」
「きしゃー」
「そんな迫力無いきしゃーを初めて聞いたよ」
覚悟を決めるということがこんなにも人に力を与えるとは、凄まじいものだ。
俺は陸前とは逆サイドのポケットに入れていた神器(スケールダウン済み)を右手にしっかり握りこんでから、陸前と向き直る。
「それに、お前の心がフラフラしてたらこっちだって困る。一回は俺を巻き込んで戦うって決めて、ずっと悩んで、それでも変わらなかったんだろ?」
「あの時は、そうだったんです」
「そしてやっぱり駄目だと」
「目の当たりにしちゃったからです」
「俺は逆だ。俺はあいつらと戦いたい。他の誰かに任せることは、嫌だ。意見がかち合っちゃったな」
「ぐぬぬ」
陸前はやはり俺の右手を見ている。隙あらば奪い取ろうという所存なのだろう。
よし。相手がそう出るのなら。
俺だって、少し意地悪なことをしてやろう。
「ようし、分かった。じゃ、ここは恨みっこ無しで」
俺は拳を突き出した。
「じゃんけんで決めるぞ」
「え?」
陸前はぽかんと口を開けて俺を見た。
何を、そんな大事なことを、そんな適当な方法で。そう言いたげなのが一発で分かってしまうが、俺は意地悪なので応じてあげない。
「一発勝負だ。じゃーん、けーん、」
「ま、まままままま、待って、待って下さい、ちょ、何の手を出すか全く決めてなくてそのあのちょっと待った」
「ぽ」
――じゃあ、じゃんけんしようよ。じゃーんけーん、
一刹那。
ノイズが挟まる。
子供の声だったが――振り払うのもまた一刹那だった。
「んっ」
「っっ!」
俺と陸前のじゃんけんの結果は。
俺がチョキの、陸前がグー。
なるほど、今の結果だけを見ればあ俺が負け。神器を返すことになるのだろう。
しかし、じゃんけんにはある鉄則がある。
それを互いに理解している俺達の反応は、結果と真逆だ。
「……だ、だから、その、待ってと言ったんですよ」
「待ってやんねえよ。じゃんけんくらいで」
シンプルイズベスト・ジャッジメントゲーム。その名はじゃんけん。
そのルール上、
「後だしは反則。お前の負けだ」
「ずるいです」
「恨みっこ無しって言ったろ? はい俺の勝ち」
「怨みっこは?」
「何が変わったか分からないが余計に怖い気がする」
じゃんけんで負けると何故か納得してしまう共通文化なのか、陸前は恨みがましく俺を睨んでいた(やはり表情自体は変わらない。多分睨んでるという程度の認識)が、それ以上の敵対行動はとってはこない。どうやら納得はしてくれたようだ。
「……変わらないのですね。兼代君は」
「え?」
ふと陸前が呟いた言葉に聞き返してしまうが、陸前ははっとしたように目をほんの僅かに見開く。
そして少し空を見上げた後、
「兼代君。私が貴方を神器の使用者に選んだ理由って分かります?」
「? ああ、そりゃあ、俺が普段から腹を下してばっかりだからだろ。それで耐性がある程度あるって思って……」
「ほぼ正解です。ですがもう一部分が存在しています」
「もう一部分?」
「はい。すごく、すごく、すっごくすっごく私的な理由なんですけど」
カタカタカタカタカタ。
え? ここで震えるの?
カタカタカタカタカタカタカタ
カタカタカタカタカタカタカタ
ガタタタタタタタタタタタタタ
ダダダダダダダダダダダダダダ
「わ、分かった! もういい、陸前! 話さなくて! 工事の道具みたいになってるぞお前!」
「す、すすす、すいません、ダメそうですね、今はそうですね。ええ、忘れましょうハイ、忘れましょう。ヤメヤメです」
足元を見ればそれこそ削岩されたみたいにコンクリートが削れている。こいつの震え力は一体何なんだ、削岩機かよ。
しかし、これほどに陸前が震える理由って……何なんだ? それに、変わらないって。まあ、考えるだけ無駄だろうが。
「じゃあ先に戻ってます。お疲れ様です。封印について話をしたいので、後でまた兼代君の席に行きますから、ハイさようなら」
「お、おう」
そう言って、逃げるように屋上の階段に駆け込む速さのなんと素早いことか。相変わらず機動力には長けているようだ。
しかし――
――じゃーんけーん。
この子供のノイズは、何だったのか。記憶の何かを掘り出されようとしてるが――
「……やっと終わったかよ」
「!」
直後。
そんな思考を吹き飛ばす、陰鬱な声。
「な……綾鷹!? どうしてここに?」
「……見れば分かるだろ。百目鬼さんが、希望者は休んでいいだろっていう口利きしたからサボってんだよ」
流石百目鬼だ。本来は指導者が下すべき判断なのに。
しかし――ここで綾鷹、か。
「で。一体何をしに来たんだよ? また出てけってでも言いに来たのかよ」
「……いや。ただ、お言葉に甘えただけだ」
「言葉?」
綾鷹はそう言って、俺の隣に腰かける。
そして、さっきまで見えなかった左手に持っていたものを俺に渡す。
それは、
「?」
「……嫌いか? それ」
オレンジジュース。一階に存在する我が校の自販機にあるものだ。
綾鷹も同じものを持っていて、気怠い動きで早速開栓。お互いに目も合わさず、話は始まる。
「……言い訳は聞いてやるって言ってたろ。だから言い訳しに来た」
「ここで終わるような話か?」
「……いや、無理だろうな。だからよ、後で茶店で続きになるだろうな。予定は空いてるか?」
「ああ。コーヒーとか好きなのか?」
「……ああ」
「俺は苦手だ。初めて聞いたな、そういうの」
「……俺もな」
素直じゃない、と思うが、俺が綾鷹の立場でもこんな感じだっただろう。なかなかストレートには言い出せないものだ。
でも、それでいい。ゆっくり、「言い訳」は聞こう。
そんなことを思いながら、俺はオレンジジュースのタブを引き開けた。
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