第29話

 三撃目。

 それを浴びせたジョグの心に去来したのは、確かな勝利の確信だった。

 この真撃を浴びて無事な者など、居るはずがない。ましてやアポカリプス進度が今や95にも達しているこの男に刺さって、無事でいられるはずなどない。

 ジョグは笑おうとした。

 いつものような、高らかな凱歌を。終わりなく虚しき、勝利の唄を。

 だが、それを止めたのは。


「……!?」


 この男の「腹」が。下腹部が。腰が。そして――恐らくは、今は最も大切であろうその後ろが。

 白黒が反転した、世界から逸脱したモノになっていたためである。


「な……! 何だ、これはああああ!?」

「知りたいか、ジョグ! これは……! この天照之黒影が、俺にくれた力だ!」

「な……何だと!? 何故平気なのだ貴様!? これは一体何なんだ!」


 ジョグは、兼代の動作に気がついてはいなかった。

 とうに自らの主霊に狙いを定めた、敵の姿を。

 その灼熱の眼に吸い寄せられて、見過ごしていたのだ。


「荒ぶる大海、逆巻く乱雲! 天地鳴動阿鼻叫喚! 一切合切、悉く! 時が止まれば明鏡止水!」


 兼代は今や、全ての苦痛から解き放たれていた。

 踏み込む足も力強く、体は前のめり。両手で構えた突きの姿勢、その切っ先はジョグの主霊に向けられる。

 兼代 鉄矢。その体が持つ最大の力を発揮させるのは――

 「時が止まった腰と腹」だ。


「これこそが天照之黒影の術式……! 「無窮天馬(むきゅうてんま)」!」

「じゅ……術式だと!? あり得ん、あり得ぬ! 初回の覚醒で神器が……貴様をそれほど認めたと……!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 そして少年の剣は。天照の黒き影は。

未練の魂を、深々と貫く。


「ぐああああああああああああああああああああああ!」


 ジョグの咆哮と共に、主霊にヒビが入っていく。痙攣のような脈動を刻んだ主霊はやがてその色を喪っていき、青ざめた人肌のような青白さに染まっていく。


「地獄に帰れぇ! ジョグ・インフェルノマーダアアアアアアアアアアア!」


 ジョグの体の崩壊が始まる。

 全身を形作っていた霊魂達は次々に剣に吸い込まれていき、まるで炎天下に溶け行く氷の如くその体積を減らしていく。

 顔も、拳も、脚も、腐り落ちるかのように宙に投げ出されては、量子分解のように虚ろな実体を喪失していく。


「も……! 申し訳……ない……皆の……者……!」


 ジョグの喉も最後の言葉を紡ぐと、瞬時に消え去る。

 禍々しく黒々い渦潮が剣を取り巻いたのもつかの間のこと。封印された霊魂達はなんの痕跡も残すことなく、この世を去った。


「……過去の恨みに止まるな。クソッ垂れ、か」


 全てが終わった後。兼代は自らの剣を見つめる。


「俺は人のこと……言えるようになったのかな」


 激しい戦いの後。心にあるのは、感傷の念。

 自らが封印したこの魔念人に思いを馳せ――


「何をぼさっとしてんだよ? オイ」


 ぱちん! と。

 赤間に尻を叩かれた。


「はうーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


 兼代にとっては致命の一撃に、兼代は世界の終わりを告げる魔王を見たような声を発した。


「あ……赤間あああああ!? お、おお、おお、お、おま! 俺に、俺の、知ってて! 何すんだよ!」

「クッククク、そうやって喚けるだけマシじゃねーかよ」

「そもそもお前、何でここに……捕まってたんじゃねえのか?」

「んあ? 俺ァお前らが教室出たらすぐ逃げたぜ? あんなのと戦ってられっかよ、バッカバカしい」


 ある意味流石だ。いつも通りの赤間 龍一だ。


「んで、先公からの伝言な。いー加減リズム崩すわけにもいかねえから、休校だの一時間目潰すだのってのは無し。フツーに授業するってよ。だからさっさと来いって」

「鬼か!? 鬼なのか!? 生徒達の精神的ショックとか考えろよ!」

「全員ピンピンしてるから問題ねえだろってよ。まー、俺としちゃあ色々な奴の弱味握れたから楽しかったけどな。脅迫材料って原油以上に有力な資源だぜ。俺は今石油王になった気分だ」

「お前みたいなのが世界の戦争を広げるんだろうな、未来の大犯罪者め」

「んだよ、そんなこと言っていいのか? トイレまで肩貸してやんねーぞ」

「未来の大富豪様、お願いします」

「犯罪者と紙一重ってか。上手いこと言うね」


 赤間は倒れる兼代の腕に腕を通し、肩で持ち上げる。


「しっかし、戦後に俺なんぞといちゃいちゃするのもなんか違う気がするねえ。もっと相応しいお姫様がいるんじゃねえの?」


 赤間はその端正な顔を意地悪く歪め、目的地の方を指さす。

 その指の先は、女子トイレ。

 その影に向いていた。


「さっきからずーーーっと、あのお姫様はお前のこと見てるぜ」


 ジョグ・インフェルノマーダー。魔念人との最初の戦い。

 それを終えた兼代は、この後に起こるであろう戦いを予感していた。

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