第11話

「じ……神器だと!?」


 ジョグは本日二度目となる驚愕の顔を見せた。

 それに対し、恐らくは陸前はいつもの無表情なのだろう。そして淡々と話し出す。


「ええそうです、神器ですよインフェルノマーダー。貴方の手勢は壊滅寸前ですね」


 神器? あの弓のことを言っているのか?

 そして何より、陸前はさっきまで姿が見えなかったはずなのに。何でジョグの名前を知っている? あいつが名乗ったのは、校庭に居た時。陸前がどこにいたとしても、聞けていないはずでは。

 ついでに言うと、壊滅寸前と言う割には結構残ってるわけだが……自信があるということか?


「言っておきますがね。私はまだ全然本気を出していません。今なら見逃してあげるのもやぶさかではありませんが、撤退を私はとても強く勧めますよ。今の私は機嫌がいいので」

「……神器……そしてこの男……グウハハハ、なるほど。そういうわ」

「早く答えて下さい、さっさと答えて下さい。タイム イズ ユア ライフです」


 ブレねえなこの人。すでに矢を番えて、ジョグの心臓部に突きつけている。金色に輝く弓に番えられた青い光線はさっき降り注いだものよりも遥かに太く長く、まともに喰らえばただでは済まされないだろう。

 しかしジョグは笑う。

 さっきまでとは違う、不敵で知的で、不気味な笑みだった。


「タイム イズ ユア ライフだと? よもや「我ら」の倒し方を知らぬわけでもあるまい?」

「……」

「いいだろう、そのハッタリに今は騙されよう。報告せねばならぬことも出来たが故、な」

「素直に逃げると言えばいいじゃないですか?」

「見逃してもらう者の態度とは思えんな、小娘」


 ジョグの余裕の眼差しに、あの無表情で応えているであろうことが想像出来る。


「だが、そこの小僧があと「5回」催した時、だ」


 と。不意に、ジョグは俺に視線を移した。


「さっきのユハフトゥ・リジェクトにて、貴様の腹には既に「印」を刻んでいる。貴様が催した時、それは我の拳に感覚として伝わる」


 何て嫌な能力なんだ。人の催しが分かるだなんて。


「それが5回目に達した時――我らは今度こそ貴様を狩る。今はその清き下着を、兼代。貴様に預けておいてやろう」


 そう言って、ジョグは軽く腕を振るった。

 すると――周りのヒトガタ達が一斉に、煙として霧消。そしてその煙は、ジョグの体に集まっていく。


「それまでにせいぜい戦力を集めておくことだな、神器使い。今度は決して見逃しはせん」


 ジョグはそのまま、「垂直」に跳んだ。

 その体からは想像もつかない跳躍力を見せたと思うと、今度は「水平」に飛び、何処かへ去っていく。きっとどこかにあるあいつのアジトに帰ったんだろう。

 残された俺と、陸前。

 聞きたいことも言いたいことも、山ほどある。


「さて、兼代君。そろそろもう引き伸ばすことも出来ませんので、ちょっとお話をさせて下さい」

「……」


 黄金の弓を携えてこっちを振り向く姿は、妖艶なほどに美しかった。

 全てが謎だらけだった陸前。その謎の全てがきっと、今ここで明かされるのだろう。

 そんな大事な場面を前にして、まったく俺って奴は。

 本当につくづく、俺だ。


「まずは」

「ちょっと待った。その前に……」


 どんな話だろうと。まずは。すっきりしないといけない。


「トイレに……行きたい」


 俺は、限界ギリギリラインの上にまで踏み込んでいるお腹を抱えながら、イベントキャンセルを選択した。

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