第10話

――少年は、天の星を仰ぎ見た。

少年は、死にゆくガゼルを看取った。

少年は、悠々と流れる川を見つめた。

少年は、蟲毒を生き抜く百足を見下ろした。

少年は、子を抱く女の笑顔に見惚れた。

少年は、若いイルカの跳躍を見届けた。

少年は、青き母なる星を眺めた。

少年は、戦場の銃弾を目で追った。

少年は、手を取る男女を見送った。

崩壊直前の数瞬。

人生最大の試練の刻。

その苦痛は、少年に世界の総てを見せた。




「あああ  ああああ ああ あ ああああ   あああああ あああああああ   あああああ あああ ああ  ああああ  ああああああああああ あああ あ あ あ

 ああああ あああああああ     ああああああ

あああああああああ あああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 あああ     あああああああああああああああ!!!!」

「か……兼代おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「や、やりやがった、あのジョグとかいうの、マジで! 信じられねえ!」

「腹パンしやがった! あんな腕でええええええええええええ!」

「鬼だ、悪魔だ! 人間じゃねえええええええ!」


 霞む。全てが霞む。ありとあらゆる感覚が、消え去っている。

 立ってなんていられない――うずくまるのがやっとのことだ。単純な衝撃の大きさによる苦痛と、そしてもう一つ――


「グウハハハハハハハハ! 記念すべき時であーーーーーーーーーる! 今ここに、我らが第一の収穫物が誕生したああああああ!」


 収穫物? 何のことだ? 俺を喰うつもりなのか?

 何にせよ、頭すら上げられない。鈍痛は収まってはいるが、「もう一つ」の方が余りにも深刻が過ぎる。


「よく見ておくがいい! これが我らが復讐の第一歩! さあ、表を上げよ、貴様! その絶望に満ちた顔をよく見せーーーーーーーい!」


 絶望に満ちた、だと?

 ジョグは俺の髪をふん掴んで上げさせる。


「ぬ!? ……に、臭いが!?」


 そうか。「そう」思っているのか、こいつ。

 だとしたら――とんだお門違いってもんだ。


「ま……まさか! 貴様!?」

「ああ……そうだよ、ジョグ・インフェルニティマーダー……」


 自分でも情けないくらいに滑稽なかすれ声だった。


「俺はまだ――「やっちゃ」いねえよ……」





 この時のジョグの顔を見れただけでも、堪えた甲斐があったというものだ。

 追い詰められているのは俺の方なのに、その顔と来たらまあ。まるでこれから必殺技でも打ち込まれそうな悪人の顔そのまんまの顔をしている。


「貴様、どんな手を使った……? 何故我がユハフトゥ・リジェクトを受けて……」

「知らねえよ……経験の差ってやつだ……きっとな」


 そんなことよりさっさとトイレに行かせろ、というやつだがそっちはもう諦めてる。そんなの聞いてくれそうもないからな。

 ジョグはしばし俺の顔を眺めると――


「ふふふふふ」


 また。

 右腕を振りかざした。


「見事。見事としか言いようが無い意地。だが、それが逆に苦痛を長引かせることとなる!」


 まあ、そうなるよな。当然の流れ。相手には何発も入れる余裕がある。こっちは立ったが最後、その衝撃で大名達が外様大名にクラスチェンジしてしまうほどの重傷だ。

 周りには、たった一体にも敵わないヒトガタの群れ。正面には、俺を既に捉えている剛腕の持ち主。


「兼代―――――――――――!」

「何だ、まだやりやがるってのか!? あいつどこまで外道なんだ!」

「もういい、兼代! 俺達は笑わねえから! もう諦めろ!」


 納得、出来る。

 どうあがいても逆転は不可能、このまま大将軍が天孫降臨しても、俺自身もその失態は納得出来なくもない。周りもきっと、それを分かってくれると信じている。

 しかし――それでもまだ耐えようとしてやがる。何発でも何発でも、抗いぬいてやろうとか。バカみたいなことを考えている自分がいる。

 そんなことを考えるのはきっと、昨日のせいだ。


「ユハフトゥ……!」


――もしも自分がやられそうになったら。貴方は、どうしたいですか。

 これに戦うと答えてしまったから。

 俺はきっと、抗ってるんだ。

 我ながら馬鹿だと思う。たった六日しか付き合いが無い女の子との軽い問答なんか真に受けちまってる。


「リジェク……!」


 でもその馬鹿に。

 俺の体は、全面的に賛同していて。

 俺の心も、感謝の気持ちでいっぱいだった。


「トオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 陸前――





「機構解放。「コキュウトス」殲滅形態・「ジュデッカ」。殲滅開始」





 天から、青い矢の雨が降り注いだ。


「ぬう!?」


 突如として発生した青い矢の雨。――いや、それはレーザー光線に近い形状をしていた。矢じりが無くただ尖っているだけの光線であり、羽も無しと、矢としては余りにも「物質」が欠けている。

 それらはジョグの剛腕をも貫き、ヒトガタ達を次々に殲滅していく。


「こ……これは何事だ!? 我らにも傷を!?」


 一体何が? それは俺にしても同じ感想だった。

 狙っているのか、俺には矢は刺さることは無く、正確にヒトガタ達を貫いていく矢の雨。ジョグは俺を離して腕を振り、迫りくる矢たちを落としていく。

 一雨の攻撃だった。しかしヒトガタ達の半数以上は殲滅、ジョグも軽傷とはいえ傷を負っている。恐らく戦闘不能になったであろうヒトガタは煙のように霧消して、痕跡すらその足場には残していない。


「全く。まさか貴方が最初に来るだなんて、少しはバランスってものを考えてくれませんか? インフェルノマーダー。代々の貴方が厄介視されるのも納得ですね」


 何時の間にか、俺の前には「あいつ」が立っていた。

 見間違えようもない。

 巨大でメカメカしく、しかし全てが「金色」のぼんやりしたエネルギー体で構成されたような和弓と矢筒。それ以外の全てが、あいつと一致している。


「陸前……春冬、なのか?」

「喋らなくていいですよ。それどころじゃないでしょうに」


 機械の如く無機質な眼が、俺を睨みつけた。

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