第9話
沈黙の意味ががらりと変化した。
その中でジョグはぐふふふふと、得意げに笑っていた。
「……えーっと、すいません。トイレに間に合わせないって……え? どういうことですか?」
「そういうことであーーーーーる! そのままの意味よ! 我らは貴様らをトイレに間に合わせぬためにこの学校を襲撃した!」
俺は何時の間にか百目鬼と顔を見合わせていた。
百目鬼は今まで見たことが無いような、無表情の困り顔という芸術的な表情である。
「百目鬼、何だあの頭が大変悪い目的」
「今のぼくには理解できない」
あの百目鬼ですら理解出来なかったら、凡人たる俺はどうすればいいんだ。
そして、そうは言ったものの。この目的、今の俺にぶっ刺さっている。
俺、第一犠牲者ほぼ確定してねえか?
何だよ、コレ。俺が一体何をしたと言うんだ。
「では! これより、『選別』を始めーーーーーーる! ある基準で選ばれた者だけをこの場で解放する! よいな!」
「あ、ある基準で!?」
「一体どんな!?」
解放されると言っても、こんな大規模な襲撃をかけたのだ。余程の厳しい条件をクリアしなければ解放してはくれない――または罠か何かなのだろう。
そんな風に思ってた時期が、俺にも数秒ありました。
「まず! 女ども!」
「女!?」
「全員解放だああああああああああああああああああああああああああああああ!」
フェミニズム溢れる命令が下った。
直後、あれだけ強固に道を守っていたヒトガタ達の円が割れて、まるでエスコートするように腕を差し伸べ、校門までの道を作る。
「おいコラー! ど、どういうことだーーーーー!」
「男女差別か! 何で女だけ解放なんだよ!?」
一部の男子から文句が立ち上がるが、
「バカモノーーーーーーーーーーーーー! 女にこれをやるのは、マズい! 女は流石にマズいことが分からんのかーーーーーーーーーーーーーーー!」
非常にごもっともな理由が開示された。
ここまで完璧な正論を言う敵が現実にいたなんて、想像もしたことがなかった。
いつの間にかヒトガタが女子・女教師の一人一人に介添えとして――そして監視役としてついていて、校門まで至って丁重にお送りしていた。無駄にいちいち紳士なのが何か気に障る連中だ。
そして俺の横に居た百目鬼にも、ヒトガタがつく。
何故か、5体も。
「……百目鬼、お前だけなんかエスコートの数多くねえか」
「あー。教室で12、3体のしたからね。キリが無いからそこで打ち切ったんだけどさ」
百目鬼、単純な戦闘力まで高いのか。
「兼代君、ぼくもここに残りたいとこなんだけど、下手にトラブル起こして長引かせたりしたらそれこそ君が危険そうだ。ここは大人しく従うけど、何とか再突入を試みてみるよ。見捨てたりはしないから」
「いや、そこまでしてもらわなくてもいいぜ、そんな……」
「ぼくがやりたいことなんだよ。事態の全様も分かんないし、癪だから。……じゃあ、無責任なようだけど。健闘を祈る」
そう言って、百目鬼はエスコートを受けて校門まで歩き始めた。どうやら百目鬼が最後だったらしく、校庭に残されたのは男子のみ。体格がいいジョグの存在も相まって、非常にむさ苦しい男子更衣室の様相を呈している。
「では、第二の選別であーーーーる!」
第二の? まだ解放される人間が?
こいつらの無駄な紳士っぷりからすれば、病気やけが人が除外になるのか?
「第二に! トイレに行きたくない者!」
「トイレに行きたくない者!?」
「用は無い! 全員解放だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。
どんどんどんどん、男どもが解放されていく。
気が付けば、残ったのはたった5人しかいなかった。
「よーーーし! 今度は、ビッグオアスモールクエスチョン!」
「ビッグオアスモールクエスチョン!?」
「一人一人、今のトイレがビッグかスモールか! 申告せよ!」
「スモール」
「スモール」
「スモール」
「スモール」
「ビッグ」
「スモールの者をトイレまで通せええええええええ! もたもたするなーーーーーーーーー!」
ヒトガタが割れて、いつの間にか出来ていた仮設トイレに4人は通された。
そして残されたのは、
「残るは貴様一人だーーーーーーーー!」
「し、しまったああああああ!? 何で正直に言っちまったんだ!」
俺一人のみだった。
「か、兼代おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「お前またかよ! やっぱそうなるとは思ってたけどよお! トイレ行っとけよ!」
「ちくしょう、あのジョグとか言う奴! 兼代がどんだけお腹弱いか知らねえからあんな非道を!」
「あいつはお腹が大弱点なんだ! よりにもよってカネだからちくしょう!」
校舎の外から嫌な援護射撃が飛んでくる。俺を気にかけてくれることは嬉しいが、ご近所に俺のお腹の具合を暴露しないで欲しいものだ。
そして、今の俺は空前絶後の大ピンチである。
ジョグ・インフェルニティマーダー。いかにも強そうな大男は、遂に見つけた俺という餌を前にして、口角をにやりと上げる意地の悪い笑みを見せる。
周りはヒトガタに囲まれていて。誰かの助けも期待出来るはずがない。
絶望的な状況というのは、こういうことだろう。
「グウハハハハハハハ! もはや逃れることは出来ぬぞ貴様! 往生するがいいーーーーーーーーーーーーーーー!」
俺という相手を見つけて、遂にジョグは動いた。
身に巻き付けた鎖の鳴る音もけたたましく、その剛腕を振りかぶっている。
「……え?」
ちょっと待て。
まさか、「それ」を?
いや、そんなはずねえよな? 流石に人間としてそれはやっちゃいけない行為だ。ジュネーブ条約やらで禁止されていてもおかしくない行為っていうか、何と言うか、こう、普通の神経をしていればやらないことだ。
だから、まさかそれをあそこに打ち込むだなんて――
「喰らえええええい! 「ユハフトゥ・リジェクト」おおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーゥ!」
ズドン!
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