第7話
「――え」
ヒトの形はしている。
しかし顔が無く、頭がゆらめく黒い炎のようになっていて、明らかに普通の人間ではなかった。
体は細身で身長は170センチ程度。俺の身長と殆ど変わりはない。
だが、そんな情報は最早どうだっていい。
「うわ、何だこいつらあ!?」
「くっ! 離せ、離せよお前らァア!」
こんな連中が、校舎中に次々と入り込んできている。
それがこの渡り廊下から見えてしまっているのだ。
「何だ……何だこいつら!?」
俺は思わず叫ぶが、それを合図にするかのように、ヒトガタは俺に掴みかかって来る。
その握力は痛くはないが、俺が力を出せばその分相手も上回る力を発揮して、振りほどけない。
そして何より俺は今。外だけではなく内なる敵とも戦っている。
そんな状態の俺の戦闘時間は僅かに5秒ほど。あっという間に両手を後ろに回されて拘束されてしまった。
「な……何なんだ、一体……!」
ここからは、校内の惨状が確認できてしまう。どの教室も同じようになっていて、両手を後ろに回されて拘束されている生徒達、先生までもが見える。
この学校は、謎のヒトガタに瞬く間に制圧された。
その事実を呑み込むのと同時に、「放送」が入る。
『よーし! 奇襲は成功したな! では僕どもよ、命令を下す!』
それは、いかにも粗暴、といった具合の、野太い男の声だ。
こいつが敵の大将か? 推察をしている間に、命令が下る。
『全員を校庭に連行しろ!』
校庭の中心に、不幸にも真面目に登校していた生徒、教員達が集められているようだった。
それを囲うようにヒトガタ達は配置されているのだが、その兵力たるや凄まじい。5重もの包囲網が形成されていて、今のこっちの人数よりも遥かに多いということが容易に分かる。
学校側は誰もケガを負っている様子は無く、ただパニックに陥っている女子、注意深く周りを見渡している先生、悲嘆に暮れてさめざめと泣いている男子、スマホをいじっている奴、朝飯を食っている野郎と、それぞれがそれぞれなりのアクションを起こしている。
「無事かい、兼代君!」
聞き慣れた声が耳朶を打つ。
「百目鬼、無事だったか!」
「うん。君もケガは無いようだね、何よりだ」
百目鬼もまたケガが無いようで、その体には一筋のかすり傷も見えない。無事でいてくれたという事実が安心させてくれるが、すぐに不吉な話題に移る。
「ところで、リッチーは見なかったかい?」
「陸前……? 陸前がどうかしたのか?」
「うん。リッチー、君が出て行ってから少しして、追いかけるように教室を出たんだよね」
「え……」
「それですぐに、こいつらが襲撃をかけてきて……見つからないんだ」
百目鬼と共に、俺も周りを見回す。なるほど確かに、陸前の仏頂面が囚われの面々から見いだせない。
昨日から陸前 春冬は、奇妙な行動が多い。
その奇行とこの襲撃、リンクして考えないのはにぶちんというものだ。
「何かこのことについて知ってるのか、あいつは……?」
「話が早くて助かるよ。たまたま身を隠しているとか、逃げおおせているとか、そういうのなら無事だからいいんだけど……危害が加わる方向だと、かなり危険だ。まだこいつらの目的も分からないんだからね」
「電話番号とか知らないのか?」
「知ってる。でも、無駄だ。さっき姉さんにかけ直そうとしたんだけどね、何かしらのジャミングがかけられているらしくて、通信出来ないんだよ……。クソッ、大群って、姉さんはこのことを言ってたんだきっと。普段から下らない事ばっかり言ってるから、あの姉め……!」
百目鬼は苦々し気に一方向を睨んだ。きっと姉がいる方向なのだろう。しかしこれを予知していたとすると、この人の姉はつくづく何者なのか気になる。
「ついでに言えば赤間君も見当たらないんだよね。大体あの時間には来てたから、心配だなあ……」
「ああ、アイツか。アレは心配しなくていい」
「そんなことないでしょ! 友達でしょ!」
「いや、うん、まあ、その……」
俺がこの手で鎮圧したなんて口が裂けても言えない。悪魔をも心配するこの大聖人にはショックが大きすぎるだろう。
目的不明、行方不明者発生と、不安事項はかなりのウエイトを占める。しかし俺にとってはそれと同じくらいの危機が迫っている。
超局所的バイオハザードの発生が、いよいよ以てマズい。
本隊が、ゲートに接近しているのだ。
「兼代君、凄い汗だね……。気持ちは分かるけど、もう少しリラックスを……」
「リラックスどころじゃない。リラックスしたら死ぬんだぞ俺は」
「え……え!? も、もしかして!? こんな時に!?」
「そうだよ! 行く前だったんだよ!」
「なんてこった!」
本当にな。
トイレに行きたいです、なんて言ったら聞いてもらえないだろうか。そんな甘やかな希望を抱いてしまったところから、
それを瞬時に叩き潰す怒声のような声が張りあがった。
「ようし、貴様ら! 聞けーーーーーい!」
全員が弾かれたように、その声の方向を向いた。
ヒトガタ達の大将――それであることが一目で理解出来る存在が、そこには立っていた。
漫画でしか見たことが無いような、2メートルを遥かに超える大男だ。他のヒトガタと違って黄色人種としての肌色を持ち、筋骨隆々の上半身に鎖を無造作に巻き付けている辺りに、自分の肉体に対する圧倒的な自信を感じられる。拳はちょっとしたハンマーのように頑丈そうで、片方に眼帯を装着した厳つい顔は鬼を想起させる。
この男に逆らったら、マズい。
そのことを本能が察知している。
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