第44話「防ぎ手」

 新人として入ったジャネット・ニューマンは使い物にならないどころか金食い虫と化し、同時期に採用した新兵たちもある日来なくなったり、三日でやめたり、異形の怪物と化して二度と戻らなかったりしたので、シェリルの親戚とかいうラルフ・ランパードなる人物を入れることにした。


 彼はアリアより一歳下で、絵を描く芸術家志望らしく家でぶらぶらしていたところを勧誘されたようだ。隊長から、教育は一任すると言われてゴーム中央駅で待ち合わせすることになった。アリアが集合時間の十分前に改札に来ると、既に彼はいた。腕組みをしてベンチに腰掛けている、色眼鏡をかけた怠惰そうな人物だった。


「あなたがラルフ?」彼の前に立ってアリアが尋ねると、


「はあ」と、返事とも唸り声ともつかない音声を発した。


「それは肯定しているの? 返事はしっかりしないとだめよ。我々はPMC民間軍事会社とはいえ、れっきとした都市の守護者なんだから。正式な軍人ではないにしろ、規律を守らなくては」


「ミス・デイ、しかしオレはどうにも……そう、やる気が出ないもので。なぜかはわかりませんがね。本日の気温とか湿度とか、空の色調とかそういったものがそうさせているのかもしれませんが」


 こいつもジャンの同類だろうかとアリアは懸念する。


「今からあなたの簡単な研修として、〈ソウルコレクター〉を滅することになっているわ」


「それはずいぶんと……強そうな名称ですね」


「心配しなくてもザコよ。名前が強そうなのは、なんとかっていうゲームに出てくる同名の敵に外見が似ているかららしいわ。私はそれやったことないから分からないけれど。この程度の相手にてこずるなんて緑猫の尻尾みたいな話よ、ガルム将軍も泣くわ」


 ラルフはまだやる気が出ないか、あるいはスラングの意味を考えているのか、しばらく沈黙していたが、やがて立ち上がった。


「して、その敵はどこにいるんですか、ミス・デイ」


「そっちの喫茶店にいるわ。なるべくほかのお客さんに流れ弾とか当てないように、あとで怒られるんだから。武器はちゃんと扱えるのかしら、ラルフ?」


 彼は無言で、腰の剣を左手で抜いた。それは〈マンゴーシュ〉と呼ばれる、剣を捌くための短剣だった。


「まあ……昨晩イメージトレーニングを二分くらいしたので、おそらく大丈夫とは思いますよ、いや、二十秒だったかな。どちらにせよ、相手が弱いというなら問題はないでしょう、きっと」


 アリアはどうも不安だったので、ラルフを少しばかり試してやろうというつもりになった。

 顔の直前で止めるつもりで、潮の刃を抜いてすぐさま彼に切りかかる。


 直前まで力なくだらり・・・と左手を垂らしていたラルフだったが、激しい金属音とともにアリアの剣は受け止められていた。

 しかもアリアは彼のトルメンタ波動値が回避の瞬間、ほんの一瞬だけマギーやヨエルといった〈オブザーヴァー〉並みの強さに膨れ上がったのを感じていた。


「いきなりなんです? テストのつもりですか……どうやら、手加減してもらったみたいで……恐縮ですね」


「確かに手加減はしたわ。だけどラルフ、あなたは私が全力で切りかかっても止められたでしょう? どうやら只者ではないようね。では、問題もなさそうだし行くわよ」


 と、前を向いて数歩歩いた後、アリアは観測銃を抜いて振り返り、続けざまに三発撃った。一連の動作には十分の一秒もかかっていないだろう。

 しかし、すべての弾丸はラルフのマンゴーシュに弾かれてしまった。


「ミス・デイ……一体なんだ、オレを殺したいんですか? もしかして気に入らない新人が入るたびにこれをやっているんですか? それとも虫の居所でも悪いのかな……気温とか風向きとか、星の位置とかそういう理由で」


「今のは並みの観測兵じゃ防げないわよ、あなたやっぱりそういうファントムの持ち主なのね? どこまで防げるのかが気になるわ。実験してみましょう。これは今後の作戦にとって重大な情報だから」


「はあ」


 そして近くにいた観測兵たちを呼んでラルフがどこまで防御できるか試すことになった。


 結果分かったのは、トレヴァーの目やコニーの記憶操作、ザンダーの毒ガス、そのほか火炎、爆弾、粒子砲、真空、呪詛、異次元への放逐、そのすべてを、マンゴーシュを構えるだけで何かを弾く音とともに防ぐ恐るべき防衛者であるということだった。


 これはすごい、ヤバい、というので、翌日に迫っていた隕石の衝突を彼に防いでもらおうとしたら、当日ラルフがサボってウェスタンゼルスはおろか、共和国の半分が消滅した。なぜ来なかったのか、と問い詰めると、ラルフは「天気とか、あと街の匂いとか、鳥の鳴き声とかそういうのがどうも気に入らないので……やる気が出なかったということですね、有り体に言うと」と延べ、彼に重要な防衛任務は決してさせないことになった。

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