第43話「竜を屠る者」

 強力なトルメンタ波動の持ち主として知られる対竜型ファントムの兵士は〈スレイヤー〉と呼ばれ、酒場〈聖カルラの微笑亭〉を根城としている。


 昼飯時、一人の片眼鏡をかけた女性が、サラダと、肉の入っていないシチューを食べている。彼女は菜食主義者というわけではなかったが、獲物である竜の肉以外を口にすることはなかった。竜でない生物の肉など、食べるに値しないと思っているからだ。


 白金色の髪をした、目つきの悪い小柄な少女が入ってきて、片眼鏡の女性のところへ来た。


「あなたがオフィーリア・カー?」


「いかにもそうです」少女の問いに、食事の手を止めて答える。「よければフーと呼んでください、アリア・デイさん。このたびはわざわざお越しいただいてありがとうございます」


「そう大した距離じゃないわ。それでフー、今回私が呼ばれたのは、六型の特性を持つ竜が発見されたということだったけれど」


「そうです。〈竜狩りスレイヤー〉である小官とはいえ、単独では倒せない可能性があります。上級観測兵であるあなたの助力があれば、問題はないでしょう」


 アリアは正直なところ、半信半疑だった。竜型ファントムはその構造上、六型ファントムのすべてに存在している拡散因子が存在しないのだ。

 しかし、実際フーに連れられて永劫鐘楼前の広場に来て、その個体を見るとどうやら確からしかった。


「あんなのは初めて見たわ、なぜ拡散因子が循環できているのかしら」


「あの変種は現象型ファントムとのハイブリッドですから。カロン器官が三つ存在するという特異性を有しているのです。それによってオルエノ力場が発生し、拡散因子を血流とともに循環させているのですよ。小官もこの目で見るのは初めてですが、過去には十四型とのハイブリッドも確認されているそうです。


 さてアリアさん、あなたにお願いしたい仕事は単純です、トルメンタの波をあの竜に当てるだけでかまいません。この距離からでも、あなたの波動値なら容易なことでしょう。そうすればトリガーは発動するので、あとは小官の仕事です」


「それはわかったけど、あれほどのサイズをどうやって滅するつもりなの、フー」


「こちらには対竜兵器が存在しているのです、心配は無用です。では準備ができ次第お願いしますよ」


 アリアはうなずき、即座に魂魄を鳴動させた。その波動は大気を伝わり、鐘楼の屋根に鎮座していた竜を目覚めさせる。

 対六型ファントムたる竜は、対六型部隊の人間の助力なしでは倒せまい。逆説的に言えば、助力があれば即座に倒せるということだ。竜を屠る者の手にかかれば。


 フーのとった手段は、最短にして最強のものだった。彼女はあらかじめ竜にしかけてあった爆破装置を起動した。それは小型の携帯端末のアプリケーションを用いて、スイッチを入れるだけでよかった。彼女はこれまでも、あらかじめ爆弾を仕込んでおいてその起爆スイッチを入れるだけで、あまたの大怪物を屠ってきたのだ。その姿はあまりに英雄的であり、抒情詩的であり、今回もそのように、瞬時に戦いは決した。


 轟音とともに、竜の頭と胴体が吹き飛んで、辺りに血液、骨片、肉、臓物が降り注ぐ。


 フーはそれを拾い集め、口に運んでいる。


「ありがとうアリアさん! あなたのおかげです。お礼といってはなんですが、この新鮮な竜肉をどうぞ! ささ、遠慮なさらずに!」


 口を真っ赤に血で染めながら生肉を食らう彼女こそが竜以上の化け物のようだった。アリアは丁重に断って帰った。

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