第41話「祝杯」

 シェリルがいきなり幻信で、昇進祝いの酒宴へ誘ってきた。当日に連絡、しかも主役を待たずして今もう飲んでるんで来てよ、とのこと。無礼であり、アリアは苛立ったが、彼らは善意でやってくれてるんだから、となんとか収め、会場である〈銀貨泥棒〉へ向かうことにした。


 店に入ると、シェリル、トレヴァー、コニー、エリアス、ジェームズ、ペネロープ、〈乱気流のヨエル〉などのお馴染みの同僚たちがいた。誰もが素直にアリアの昇進とこれまでの戦果、そしてこれから待つであろう栄光について自分のことのように喜んでくれていた。


 思えばこれまでの半年、色々なことがあった。


 ミイラ屋が閉店して一時はどうなることかと思ったが、シェリルの紹介でこうして再就職することができた。


 トレヴァーやコニーとは何度も共闘し、死線を潜り抜けてきたし、ペネロープなどアリアをかばって邪悪な魔術師の攻撃を十五回も受け、そのうち八回はバッタに、三回は蟻に、四回はカミキリムシに変えられ、その後ほとんどアリアが誤って踏み潰し死んだ。


 ヨエルは、アリアが観測兵となって初めて経験した挫折を乗り越える切欠となった恩人であり、彼が口にした「戦いは二層式洗濯機のようなものだ」という言葉は今もアリアの胸に深く刻まれている。彼と挑んだ〈永久欠番〉の騎士との死闘は、抒情詩にうたわれるような勇ましきものだ。あれがアリアの上級観測兵昇進の決め手となったのは間違いないだろう。


 そうしてこれまでの栄光について語ったあと、アリアは一言、


「プリンス大隊長にもこの戦果を報告したかったわ」と漏らし、全員がしばし厳かに沈黙した。


 彼女がいなければ全員がこの場にいなかった。兵士たちのみならずここの店員、客、そして近隣住民にいたるまで、大隊長の尊い犠牲があったからこそ今日も生きている。

 一瞬たりともそれを忘れたことはない。


「アリア。どうだい、今から大隊長のところへ報告へ行くってのは?」ウィルマーがその長い髭を撫でながら言う――プリンス大隊長に「まるでライオンだな」と称されていたのをアリアは思い出す。


「それがいい、大隊長の好きだった酒を持ってこう」トレヴァーが提案すると、全員が頷いた。


 そうね、報告しなくては。もちろん今も向こうから――天国からこっちを見守ってくれているでしょうけれど、とアリアが言うと、全員が内心「なるほど、そのプリンスとかいう人は死んだって設定なのか」と納得し、一同に連帯感が生まれた。


 皆は勘定を済ますと一瓶強い酒を買って、墓地へ向かってほろ酔いのまま、アリアに続いて歩き出す。

 しかしアリアは今宵、多めに飲んでいたのですぐ面倒臭くなり、帰りたくなった。


 そこで、交差点を渡る際、歩行者用信号が赤だったので立ち止まると同時に「ああ、今思い出したけどプリンス大隊長は反逆罪で不名誉除隊になって、消滅させられたんだったわ。だから墓はないじゃない。解散」と言い放ち、皆は「すっかり忘れてた」って感じで、正直全員アリアと同じく面倒だったので僥倖とばかりにそのまま帰宅した。


 しかしこの不必要な〈観測〉のせいでのちに、観測兵軍へ恨みを持ち虚空から自らを再構築したプリンス大隊長が、都市機能そのものへ大いなる傷跡を穿つことになるのだが、そのころにはもちろんアリアも同僚たちも、酒の席でいたずらに生み出した恩人のことなど一切覚えていなかった。


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