第40話「同姓同名」

 ある日アリアは、なんとなく仕事はしたくない気分だったが、だからといってそのままサボったのではジャンと同等である。簡単な仕事はないかと隊長に聞くと、封書をヒープ通り三丁目支部のヨハンナ・フランケンシュタインという人物に届けて欲しいとのこと。承諾し、バスに乗って三丁目へ向かう。


 道中、車内で二人の中年男性が、ウェスタンゼルスに二つある野球チームのどちらが強いかで口論になり拳銃を持ち出して殺し合いを始めたり、巨大怪獣が眼前に立ちはだかるが運転手のドライビングテクニックで回避したり、突然惑星の公転が停止したりといったアクシデントはあったが、無事に支部に着いた。


 観測兵軍の支部というのは、ほとんどの場合何かの施設を間借りしているだけ、もしくは許可も無く兵士たちが勝手にそこに集合しくだを巻いている、といった様相を呈している。酒場や喫茶店、娼宿、廃屋や更地が多く、今回はHS窟だった――HSヘヴンリースモークはウェスタンゼルス特産の煙草で、天国にいるかのようにリラックスでき有用な幻視を見ることができるという代物だ。いっさい副作用はないと公社はうたっているが、愛好者の顔を見ればそれが本当かどうかは一目瞭然――地下に降りると汚れたコンクリートの壁に百年後くらいに行われる予定のイベント告知がべたべたと貼ってある。煙で視界は非常に悪く、部屋と同じく汚いベッドに寝て兵士たちはうつろな目をしている。


 唯一正気らしい恰幅のよい男にアリアは尋ねる。


「すみません、ヨハンナ・フランケンシュタインという人を探しているんですが」


「ああ、どのヨハンナだい?」


「どのって?」


 男は怪訝な顔になり、そんなことも知らないのかといった調子で説明する。


「この区にはヨハンナ・フランケンシュタインっていう観測兵が八人いるんだ。そのうちの誰か言ってくれなきゃどうしようもないよ。ニューノールのヨハンナ? 赤毛のヨハンナ? フランケンシュタイン隊長か? それともヨハンナ婆さんかい? ヨーの姉御か?」


 なぜこのような肝心なことを言わないのかと、アリアはアンブローズ隊長への怒りを覚えた。その感情をむき出しにして何も聞いていないと話すと、


「ああ、アンブローズ隊長ね。彼は適当だからな。なら一人ひとり、総当りでいけばいいよ。ただ二人ほど除外できるのがいる。紙に触ったとたんそれがばらばらになる〈シュレッダーの呪い〉にかかってるJFと、アンブローズという名前を嫌悪していてその名を出したとたんに大爆発を起こすフランケンシュタイン軍団長だ。あんたへの嫌がらせでない限り、この二人はないと思うよ」


「分かりました、総当りでいきます」


「ああ、ちょっと待ってくれ幻信だ。何だって? 新しいヨハンナ・フランケンシュタインが三人ほど観測された? アリアさん急いだほうがいい、増幅期に入ったようだ」


「分かりました、急ぎます」


 げんなりしながら地上に出たアリアだったが、地下の副流煙のせいか、パーヘリオンによるものか、隊長への怒りのためか分からないが久々に幻視を見た。

 手のひらサイズの、羽の生えたピンクの象が導くように飛んでいく。アリアはそれを追って、見知らぬ街をさまよった。


 途中、七百人ほどの集団が、ウェスタンゼルスにある二つのサッカーチームのどちらが強いかで乱闘を行ったり、巨大怪獣を倒すために軍が導入した巨大人型メカの誤射で新しい谷ができたり、空が緑色になったりといったアクシデントはあったが、アリアはどうにか日没までに、目的のヨハンナ・フランケンシュタインに遭遇することができた。


 彼女は〈シスター・ヨハンナ〉と呼ばれており、ヒープ通りのダガス教会に大抵いて、しかし別に宗教関係者ではなかった。経典〈太陽戒表象ヘリオノミコン〉や帝国のしかも数十年前の電話帳、漫画雑誌などを読んで時間を潰しているそうだ。彼女は大きなトランクを持っていて、アリアが手紙を渡すとそこに封を開けずして放り込んだ。中には数え切れないほどの未開封の封筒が詰まっている。


「いやあ、お疲れ。なんか知らないけど、わたしには常に手紙が届くんだ。例外なく白紙。そういうファントムなんだろうね。だからあなたの仕事はまあ無駄っちゃ無駄だけど、仕事を完了したのは違いないからさ、良いと思うよ。ヨハンナ・フランケンシュタインは明日にでも八十人になってたかもしれないし、今日で良かった」


 アリアがシスターにそう言われて教会を出ると、入れ違いに手紙を持った人間が入ってくるところだった。


 これで仕事は完了、というわけだが、アンブローズ隊長の不伝達で手間を取られた復讐をしようと、フランケンシュタイン軍団長の場所を調べておいて、隊長へ「呼び出しがかかっている」とだけ伝えて帰った。これで、軍団長のところへ行った彼が「エミール・アンブローズであります」と口走れば大爆発だ。


 結果から言えば、アリアの目論見は成功したが、彼女は軍団長の爆発を侮っていた。それはヒープ通り全体はおろか、ウェスタンゼルスの半分以上を吹き飛ばし、もちろんアリア自身も灰に帰した。


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