第38話「復元」
アリアは、粘度の高い無数の糸が作る〈覆い〉の中にいた――それは虫の作る蛹か繭を連想させるものだった。全身がだるく、意識もはっきりしないが、もがき、外に出ることはできた。外套を纏った上で、右手には潮の刃を、そして左手には切断された手首を握っていた。
繭の更に外側は硬質なガラスか樹脂製であろう透明の殻で覆われており、それの一部が開き、アリアはふらつきながら外に出た。繭の中には瓦礫と、何かの肉片がいくつも転がっている。
アリアは自分が死に、軍によって復元されたのだと気づいた。この技術は単純に人間だけをよみがえらせるのではなく、その人物の周囲にあったものを過去の一点から引き揚げる。何らかの戦闘か災害があり、巻き込まれた自分と手首の持ち主、さらにもっと多くの人間が死んだのは間違いなさそうだった。
アリアはその後服を洗濯してシャワーを浴び、何か腹に入れるために食堂へ来た。結局あまり食欲はなく、オレンジ一個だけを食べていると、見知った技師が向かいの席に腰掛ける。髪が伸び放題でぼさぼさの、分厚い眼鏡をかけた白衣の女性だった。
「ラヴジョイ主任、お久しぶり。大規模な復元を行ったようね」
「そのとおりだよ! 辛いったらありゃしない!」ヘレナ・ラヴジョイは金切り声を上げる。「神だかなんだか知らないけど、休日出勤させられる身にもなれっての! ぶっちゃけ死んだままで放置しようって話出るくらい最近はひでえよ! あんたんとこの
「ご愁傷様、じゃない、お疲れ様です、主任」
「まあ今に始まったことじゃないさ、おっとそうだ、ちゃんとトレヴァーの手首は提出してくれたかな? 彼、魂魄の損傷がひどくて直接は復元できなかったから、あんた経由で復元するんで、復帰には時間かかるよ」
「彼のものだったのね。どういう状況だったの?」
「まあクリフハンガーだね、穴に落ちそうなところをあんたが支えて、そこに上から崩壊した建物が落下しすべてを押しつぶした。失われし神々が一柱〈錆びた神〉の所業だ。この街の中には不自然に錆びた存在が多いと気づいたことはないかい? 真新しい看板が翌日にはぼろぼろになっている。あるいは、嫉妬深く、自己顕示欲旺盛な人間を殺す〈ラスティ・ミスティ〉の呪い――屍の首には錆びだらけの手形が残されているやつさ。新車を一日で錆びの塊にする〈廃車屋〉もそうだし、ダニエラの部下のあいつ――今は〈ラスティネイル〉と名乗ってるけど、やつのオリジナルはもともと対三十五型特務部隊の長だったのさ。だけど〈予防接種〉も無視していきなり黒外套が実体化し、全身を串刺しにされて死んだんだ。
これらの錆び関係のファントム――その三十五型と分類されてるけど、これは〈錆びた神〉の呪いだ。理由は我々が神の力だけを信仰なしに用いていたからさ。つまりこたびの災害は自業自得と言えなくもない」
「神の力とは?」
「あんたの腰にもある潮の刃のことだよ。これの由来は文字通り神通力なんだ。神はお怒りだけど、これを使わないわけにはいかないし我慢してもらうしかないけどね」
「なるほど、それなら今後は礼拝堂や祠を作って神を敬う方向で対策するとか」
アリアの言葉にラヴジョイは肩をすくめて、
「だけど肝心な神の名が分からないので崇拝しようがない。それに呪いを受けたくないから敬うなんて本末転倒だよ、なにより面倒だし予算がかかる。だからまあ放置して、また災害が起きたら私たちががんばるって方向でいくしかないね。それに軍とこの国は、ほかにもいろんな超常的存在のパワーだけを利用して崇拝はしてないので、一柱だけ大事にするなんてのは不公平だよ」
「確かに」
「まあ高い金は貰ってるから仕事はちゃんとするし、今後も安心して死んだり滅亡して大丈夫だから、給料が払われてる限りは」
人類の最期があるとすれば、それはきっと修復部の不満が高まって行われるストライキによるものだろう、とアリアは思った。
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