第37話「生け贄街道」

 呪いによって狐の面が外せなくなった少女がいた。食事もできず洗顔もできないのでどうにかしてこの面を外そうと歩いていると、目つきの悪い小柄な少女に出会った。無機質な等身大の人形がいくつも燃えていることで有名な高速道路、通称〈生け贄街道〉でのことだった――徒歩での通行は認められていないが車は十年前のあの事件・・・・以来走ってないのでなんてことはない――彼女が観測兵の軍服を着ているので、もしかしたらどうにかしてくれるかもしれない、と少女は話しかける。


「すみません、このお面がどうやっても外すことができないんだけど何とかしてくれませんか?」


 すると相手はうんざりしたような顔で答える、「あなた、私は観測兵じゃないわよ、そうやって話しかけてくる人多いけれど。じゃあなんでこの外套を着てるのかって思うでしょうけど、これ呪いで脱げないのよ。私が自分でどうにかできればいいのだけど、ファントムを除去する能力ないし、どうしようもないわ」


「じゃ観測兵に依頼したらいいんじゃないの?」


「そうしたいのはやまやま、だけど会う人みんな私と同じく呪いにかかった人で、本当の観測兵はどこにもいないのよ」


「なら本当に観測兵になったらいいんじゃない」


「錆びた剣を持って意味不明なスラングを語るあの人たちになるなんて、考えただけでぞっとするわね。もう少し探すとするわ。私はアリア・デイ。あなたは?」


「ボクはコンスタンス・コールフィールド、どうにかこのお面を外したい一心でニューノールから歩いてきたんだけどね、この道を歩いていけば解決法が見つかるかも知れない」


「そううまくはいかないと思うわ」


 アリアが言うとおり、なかなか観測兵は見つからなかった。見つかっても何かの事情で二人を助けてくれることはなかった。例えば、ひどく高慢で解除してほしくば七億フレイムを払えとのたまったり、いきなり銃で威嚇射撃をしてきたり、あまりに泥酔していて言葉が通じなかったり。


「この地域そのものが呪詛的ファントムによって呪われているに違いないわ。何か外的な作用がないと先には進めないわね。大胆な飛躍が必要なのは間違いないでしょう」

 アリアは、見知らぬ文字で書かれた案内板――いくつもの燃える人形が鎖でぶら下げられている――の下に座り込んで言った。


「大胆な飛躍?」

 

「この状態は現実的ではないと定義するのよ。これはきっと本来の私たちの姿ではない、死後の世界か、あるいは今まさに生死をさ迷っているか、じゃなきゃなんらかの試練で送り込まれた精神世界よ」


 コニーはアリアが何を言っているのか理解できず黙って聞いている。まさに狐につままれた気分だ。


「この呪いは現実世界の断片だわ。認めたくないけれど、私はきっと現実では観測兵なのよ。あなたはたぶん狐か、人を欺いて生きている狡猾な人間だわ。まずはこの過酷な現実を認めなければ」


「ボクは善良な人間だと思うけどなあ、それで、それを認めるとどうなるの?」


「次の場面で私たちの遺体が並んでいる安置所とか、病院のベッドの上とかに切り替わるはずよ。それで、『見ろよ、幸せそうな顔だ』とか『気がついたか、お前は三日間も眠ってたんだぜ』とか言われるのよ」


「確かにそういうシーンは漫画とか映画で見たことがあるけど、たいてい『連れ戻そうとする現実の仲間』の象徴が描写されるんじゃないの、こういう世界では。後ろに引っ張る手とか」


「この外套とあなたの面がその象徴だわ、きっと。我々が現実を覚えているということの証左よ」


「じゃあこれで脱出できるんだね?」


「もちろんよ」


 しかし脱出はできない。この世界が現実である。二人は〈生け贄街道〉をその後ずっとさ迷い、最後は諦めて足を止めてしまう。そこで二人は人形となり燃え続ける。そしてまたどこかから呪われた誰かがやって来て生け贄になる。生け贄を燃やす煙は途切れることなく空を覆う。

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