第33話「脅威的分離」
灼熱坂の麓の喫茶店でアリアが名物〈北極ココア〉を飲んでいると店内に、黒い外套を纏ったストロベリーブロンドの観測兵が入ってきた。
顔を見たアリアはすぐに彼女が、かつて遭遇したうるさい少女バルトロメアより生じた
レモンティーに砂糖を注いでいる相手にアリアは、自分の推測が合っているか尋ねる。すると彼女は喋らず、代わりに小脇に抱えていたスケッチブックを開いた。
そこには各アルファベットと【YES】【NO】という文字、さらに各数字が羅列されていた。少女は、バルトロメアの黒外套なのかという問いに【YES】を指し示した。
「あなたはあのやかましいバルトロメアとは逆に、まったく喋らない性質なのね。高感度が上がるわ。名前はなんと言うの?」
少女の指がひとつずつ、文字を指し示して名乗る。
【〈
【バルトロメアは今どこにいるの、エンジェル?】
【
「死んだってことかしら?」
【
何があったのか分からないが、話を聞くのは面倒だったのでやめた。エンジェルは静かなのを好んでいて、よくこの店に出没するらしいので、暇なときには顔を出してみようとアリアは思った。
ここでアリアは、
かつて自ら生じ、打ち倒した〈テンペスト〉は、あまり自分と異なる性質を持っているようではなかったが、口調や性格はやや違って感じられたし、他者が見ればもっと顕著に異なって思えたかもしれない。
それから数日後、アンブローズ隊長に会ったのでそれについて尋ねてみた。魂煙窟の暗がりで甘ったるい煙を嗅ぎながら隊長は言う、
「俺たちの性格が一人ひとり違うように、
「我々の部隊において、すでに発現した隊員はどのくらいいるのかしら?」
「ほぼ全員だ。普通は時期を見て、予防接種を行う。黒外套を誘発させる薬剤がある。そいつを投与して、安全に駆除するためにな――もちろん安全にいくことなんて実際には少ないんだけど。デイはそうする前に自分で退治したようだが。
ああ、大変なやつばかりだった。ハリスの〈デスゲイズ〉は厄介だったよ、やつよりたちが悪いことに両目が〈
オズワルドの――〈ディスオーダー〉とか言ったか、あいつも面倒だった。周囲の存在の〈価値〉そのものを壊すという文字通り価格破壊な厄介者だった。国中の株価がとんでもないことになったし、観測兵が無能ばかりになって対処に相当な時間を取られたな。
その点、コールフィールドの〈マッチメーカー〉って個体は楽だった。ただ天気雨を降らせるだけ――ああでも、得体の知れない〈参列者〉――あいつと同じ仮面をつけたやつらがどこからか延々湧き出てくるのは不気味だった。
今までで一番ヤバかったのはモリソンの〈ビッグクランチ〉っていうとんでもない黒外套だな。こいつを非観測状態にする前に、恐慌による心臓発作で何人か死んだよ、俺に言わせりゃビビり過ぎだが、それほどにヤバいやつだった。俺は非番だったから全部あとで知ったことだけど」
「そう言う隊長の黒外套はどんなやつだったのかしら?」
その問いに対し隊長はしばし沈黙した後、
「デイ、ひとつ昔話をしようか」
「ええ、どうぞ」
「昔々あるところにシンデレラという少女がいた。この娘はあるとき継母が気に入らず油をかけて焼殺してから殺しの魅力に目覚めてしまい、アルバラ聖堂街にて二十五人の犠牲者を……」
と、まったく関係のない昔話を始めて、アリアが呆れて立ち去った後も隊長は汚れた壁に向かって話をし続けた。よほど大したことがない個体だったのか、あるいは逆に甚大な損失を出してしまったのか。
いずれにしても黒外套は、都市の守護者たる観測兵が時として脅威になり得るという顕著な例だ。自分のように自らの手で始末を付けられるとは限らないし――と考えてアリアは、黒外套の発現誘発剤があるなら、それを何らかの方法で、まだ黒外套が討伐されていない観測兵たちに一斉に投与すれば、一挙に大量の黒外套を発生させ、街を脅威に陥れることができるのではないかと思いついた。
もちろんそれは真に危険なアイデアだったので、即座に憲兵隊のタバサ・キングストンによる思考検閲が行われ、アリアは昏倒、最近の出来事と九九の四の段を忘れるという憂き目に合った。
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