第29話「追放者たち」

 カルダモーネ製油場の爆破事件から三日後、アリアは対人型ファントム部隊の長、ザロモン隊長と偶然再会した。密集地帯ウォーレンは四層構造になっておりさながら巨大なデパートの駐車場だ。その二層と三層の間のジャンクションにある、うまいと評判のレストランで、それほどでもない朝食を取っているとなにやら不吉なトルメンタを察知しそちらを見たらザロモンだった。


 以前にアリアの姿と記憶を写し取った〈二重歩き〉という割合ポピュラーなファントムを駆除したのがこの隊長の率いる部隊だ。彼らは一般的な観測兵が躊躇する、人間とほとんど変わらないファントムを嬉々として抹殺し続けている。


 ザロモン隊長は意外と若く、まだ二十代半ば、軍帽を深く被っており、時折その奥から覗くのは青白い眼で美しく澄んでいるが、狂気者に共通の、どことなく別の場所を凝視しているような眼差しが異様な迫力を与えていた。


 アリアはダニエラ・ザロモンに対して最初は軽く挨拶するだけで退散しようとしたが、あることを思い立って話しかける。


「隊長、あなたはラプタニアから追放されて来たのよね?」


「いかにもそうさ、嬢ちゃん。去年こっちに追放されて来たばっかりさ。あたしは向こうじゃ警官でね。まあいろいろと仕事熱心過ぎたのが問題だったってわけさね」


「流されてきて一年で隊長に?」


「理由はいくつかあっけど、まあ一番は人殺ししたいって人材が不足してっからさ、もっともあれらは人じゃなくて人によく似たもんだから、つまるところ錯覚さね。そんであとはあたしにちょいとした才能があるからなのさ。人殺しを見抜く才能さ。うちの部隊じゃラッセルとかも、もともといいとこのお坊ちゃんだったが、ありゃあたしが引き抜いてなきゃ数年以来にヤバい犯罪を間違いなく犯してたさ。そんなら人によく似た何かを殺させて、お給金も与えたほうが健康的だろ? 親御さんがどう思ってっかは知らないけどね」


「そうですか、実は隊長、隣に帝国から追放されて来た人が越してきて、まだ来て間もないのでいろいろ困っているようなのよ。良ければアドバイスとかしてあげて欲しいのだけど。彼はたぶんその殺しの才能とかはないと思うけど、もしあればあなたの部隊に入れてしまえばいいし」


「見た目じゃ判断できねえからね、殺しの衝動は。とにかく会ってみようじゃないかい」


 二人は爆破現場のクレーターにやって来た。グスターヴ・ヘルシングは自分が爆破した大穴に腰掛けて瞑想している。

 アリアたちの接近に気づいて、彼は挨拶する。


「アリアか。そっちの姉さんは?」


「あたしは対人型ファントムの部隊を率いてるダニエラ・ザロモン隊長さ、バルニブルクの出身さね。あんたは? ああ、アルバラの出かい、あのメシの不味い、いや冗談さ……なるほどなるほど。こいつぁアタリかもしんねぇな。グスターヴだったか、ちょいとこっちに来て顔を見してくれ。面接みてえなもんさ」


 グスターヴは当惑した顔でアリアを見た。


「どういうことだい、アリア? オレは観測兵になるなんて言ってねえぞ」


「選択肢のひとつとしてありじゃないかしら。危険なことなんてあまりないし」


 ザロモン隊長はグスターヴの顔を掴んで強引に自分のほうを向かせた。そして歓声を上げる。


「天空神ヒムにかけて、こいつぁヤバい。グスターヴ、あんたこれまでに何人殺したんだい?」


「オレは潔白だぜ、姉さん。軽犯罪だって犯したことはねえよ」


「そうかい、だけどあんたの内にはものすげえ闇の心が眠ってて数年以内に覚醒、最低でも五十人はぶち殺すね。うちの部隊にクラリッサってやつがいるけど、そいつと同じかもっとだ、いや、お怒りはごもっともだけど落ち着いて聞いてくれよ。彼女も追放当時、あたしがこういう話をしたらブチ切れてさ、自分は人なんて殺さないし観測兵なんざならないって断言したけど、そっから一ヵ月後には赤色以外の服は持ってないって寸法よ。あんたはどうするんだい」


 グスターヴは隊長の顔を黙って見つめてから、


「この国じゃ……殺人犯は観測兵になれば見逃されるのかい?」


「そんなムシのいい話あるわけないさ、死刑に決まってるじゃない! クラリッサはトルメンタ波動が強くてなかなか殺せなかった上に、復活させるとき魂魄の再定着にすげえ時間掛かって拒絶反応がものすごくてさ、ありゃ地獄的な苦しみさね。もっともあいつが被害者に施したことに比べりゃそよ風みたいなもんだけどさ。とにかくあたしが言いたいのは、ここで断って殺人犯と化してもあたしは構わないけど、捕まって刑が執行されたあと観測兵になるのは二度手間だよってことさね。あんたの場合、プリンを食べられないストレスのせいだって言えば情状酌量で罰金七万フレイムくらいで済むと思うけど」


「何だと? 殺人が罰金七万だって?」


「七万って軽々しく言うけどさ、あたしの年収だよ? 殺されたやつの代わりはいくらでもいるけど、失ったカネは二度と代わりが利かないんだから。よく考えなよ、グスターヴ。もし来るなら同じ帝国人として歓迎するからさ」


「いえ隊長」アリアが言った。「あなたたち二人は追放されたのだからもう帝国人ではないわよ。そこははっきりさせておかないと。まともな帝国人は流刑人と一緒にされるとものすごく怒るらしいってテレビで見たわ。やつらは穢れた悪魔って言ってたわ」


「そいつぁ不当差別さね、あたしは身を粉にして人を殺しまくってこの共和国にさんざ貢献してるじゃないかい! こんなことなら帝国のゴミどもをもっとぶち殺しておくんだったよ! なんなら今からでも密航して――」


 ザロモン隊長の苛立ちを宥めているアリアを残してグスターヴはその日帰宅したが、彼は三日後に観測兵となることを決めた。その過程で近所のスーパーからプリンが消え、密集地帯ウォーレン二層を支える支柱が謎の爆発で半数近く破壊され、地区全体が傾くこととなった。さぞや熟考したのだろう。

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