第26話「試練」
週半ばの紺碧街、予定はすべてキャンセルした。残っているのは何体かの害虫電話を焼き払う予定だけだ。
わたしはガソリン入りの携行缶を小脇に抱えて
この先に入るために必要なのはパスワードだ。電話帳の適当なページに赤い鉛筆で太く書いたそれが頼りだ。
しかしわたしは
カルエノ天幕への入場許可証を確保していなかった。それは青くしかし藍色の蝶の羽三枚と裏がのっぺらぼうの五キンダー硬貨、そして昼寝器官を干したものである。
幸い近くの香具師から蝶の羽を二枚購入できたが
天幕へ入れなければ害虫電話の生息域へ立ち入ることはできず、この事実にわたしはひどく狼狽した。
昔日屋の少年はそんなわたしを嘲笑するように言う、
「あんた昨年の六月八日に見た天体観測者と同じ顔をしているよ、そいつもものすごく狼狽してた。それは月をひとつ観測できなくなったからでそれ以降実際にこの星に月はひとつだけになったんだ、責任を感じてそいつは身投げしたけど死に切れず、自分が天体観測者だってことも忘れたよ、どう思う」
それは
携行缶の中でガソリンが鯨油に代わっていっているのがはっきりと分かる。
じつにまずい状況だ。
このままではわたしも月がひとつしか観測できない天体観測者の六月八日みたいに狼狽し続けて結局は自分が誰かを忘れてしまうであろう。
そのとき一人の観測兵が眼前に現れた。
彼女は祈り鰐を討伐しているところだった。
その少女は目つきが悪く、この世のすべてを憎悪、嫌悪しているかのようだ。
わたしにとってはある種の希望だった。憎悪は絶望を抑制する。狼狽を突き放す。
よってわたしは彼女の魂魄よりトルメンタ波動を掠め取ろうとしたのだが、その前にこの少女が第三期陰謀団の先手であることが判明し、優先順位が変わった。
陰謀団員はすべて人間の脳髄を
わたしが殺傷しようとしたところ彼女は祈り鯖の呪術で返り討ちに合った。
おそらく全身が樹脂に置き換わり物言わぬ像になってしまったのだと思われる。
実に無情、そして無常な最期だ。
予定を変更し、再びわたしは任務に戻る。確か今は五人の伝い人と、南方トルメンタ街路の破壊が目的だった。
わたしの中の
■
問一
傍線部A「黄道商店街」について、当てはまるものを以下から一つ選べ。
(1)この商店街では全面的に呼吸が禁止されているが、これは暗影紀七十六年に〈飛ばし読みのフリードリヒ〉が悪霊型ファントム〈粉塵魔〉を故意に蔓延させ、未だに討伐の目処が立っていないことに由来している。
(2)この商店街で最も人気が高いのは、入り口近くにある〈続き屋〉であり、この書店では断筆となった作品の続きを購入できるが、読むだけで精神に異常を来たす。
(3)この商店街には一日に平均八億六千万人が訪れる。これはウェスタンゼルスの人口の三割にも上る。
(4)この商店街の名称は、黄道十二宮の動物であるカラカル、ウミウシ、カミキリムシ、パラケラテリウム、ボルボックスなどに見立てて連続殺人を行った〈蛇使い〉に由来する。この殺人鬼を商店街内や商工会議所で目撃したとの情報が相次いでいることから、彼をかくまっているのではないか、という嫌疑が絶えないが、商店街側は否定している。
問二
傍線部B「肝心なことを失念していたことに気づく」とあるが、このときの「わたし」の心情として適切なものを以下から一つ選べ。
(1)任務へ赴くための許可証を失念するという己を恥じ、運命神カイルナーヴァへ両小指と左目を捧げなければならないと感じている。
(2)任務への関心がすでに薄れており、気分転換として酒宴を望んでいる。
(3)直属の上司であるジョーンズ機関長のせいであるという確信を得ており、彼の邸宅を爆破することを考えている。
(4)任務前に投与したブリッジズ=ベイカー増幅剤の効果により、何らの情動もなく、心象風景は凪いだ海のように静かである。
問三
傍線部C「焼け石に水だ」とあるが、同じ意味を持つ慣用句を以下から一つ選べ。
(1)砂州に蜂蜜
(2)布団に偏西風
(3)聖カルラに頭痛薬
(4)四畳半スワンプマンにアルグェリマ・ルーベオテルワ
問四
傍線部D「地獄だ」とあるが、これはどの地獄と思われるか。以下から一つ選べ。
(1)白煙地獄
(2)ダールの告解室
(3)第三ヒュージ・グルニエ
(4)溶暗地獄
問五
傍線部E「偶発的な要素に見せかけてコントロール」とあるが、これについて当てはまるものを以下から一つ選べ。
(1)マクロ・トルメンタ流動学の観点から見ると、文字情報型ファントムを用いたプロパガンダにはさまざまな問題が付随し、実現した場合二年後には国内の総人口が六分の一になることが予測される。
(2)すでにダガス教団においては薬物投与によって単純なスイッチにより神を見ることができる〈後光〉なるシステムが確立しており、国営放送と水道局の協力によって年内には実用化の目処が立っている。
(3)六十五人の少年を殺害した〈誘蛾灯〉ことエレノア・スミスは、何者かによって仕組まれたとして自身の無実を主張したが、脳内から何らかの機器が発見されたにもかかわらずこの訴えは退けられ、罰金六フレイムが課せられた。
(4)陰謀団はこの技術を〈誡告〉と呼称し、インターネット上にて無料で情報を配布している。
問六
傍線部F「悪性スナーク」とあるが、このファントムについて正しいものを以下から一つ選べ。
(1)獣型ファントムであり、酸に弱いためレモン水が有効である。
(2)人型ファントムであり、「俺は実写化する前から面白いと思ってたよ」が口癖の中年男性として化身する。
(3)竜型ファントムであり、体長は七キロにも及ぶため、区画ごと攻撃する手段が必要となる。
(4)寄生型ファントムであり、文章の登場人物を宿主とする。その文章は概ね、意味不明なものへと改竄される。当該文章を読んだ全員を五分~十分後に死亡させる強毒トルメンタを放ち、なるべく多くの犠牲者を出すためベストセラーの小説、閲覧者の多いインターネットサイト、大学の試験問題などに寄生する場合が多い。読んだ場合、他者の生き肝を食べるしか回避方法はない。今すぐ取り掛かるべし。これは試練である。
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