第25話「過酷な戦闘」

 観測兵の仕事とは恐るべきファントムを観測し、対処することだが、その段階でわざと巨大な歪みを発生させるという厄介な性質をも持っている。

 敵をわざわざ自分で無駄に強く、複雑にしてしまい、それを倒すために自分をも無理やり強化するので非常に辛い。

 そしてさすがにきつい、となったらキリのいいところで終わらせる。これが観測兵の伝統的スタイルだ。

 

 今しがた対第六型ファントム部隊が倒した〈腐れ塵〉も彼らが構築した怪物であり、最初は握りこぶしほどのサイズだったが、こいつは特定の条件を満たすと二倍になる、とか、トルメンタがあと十秒で二乗される、とかお決まりどおりの改変を行ったり、そのほか雑談、悪態、やれ詐欺神ハルミナの剣がどうだとか、デレク散漫王がどうだとか、今夜の飯がどうとかいろいろ雑多な話をしているうちに、結局七百メートルほどまで巨大化し、その姿を見ただけで即死、死んだ人間をゾンビとして蘇らせ、さらに株価が急激に暴騰したり海面温度が五十度も上昇するなど災厄に見舞われ、大騒ぎになり、そのうち飽きたので何かの手段で討伐された。


 一同はものすごく疲れていて、ずっと長い間無言だった。そのうちアリアが隊長に対して言う、


「アンブローズ隊長、これは私の気のせいかもしれないけれど、何かすごく無駄に疲れている気がするわ。本来しなくていいことをしているのじゃないかしら?」


「何を言うんだデイ、我らは必要なことのみをしている。逆に言うと我々がしていることはすべて必要なことだ。お前は今の戦いでよく頑張ってくれた。これは個人的な報酬だ」


 と言って七億フレイムをくれる。


 アリアはそれを無言でもらって歩き出す。その他の隊員たちもどこかへ歩いて行った。


 観測兵たちに連携というものはあまりない。概ね個人で動くし、気が向けば二人、三人で組むこともあるが、それでも統率の取れた作戦はまずない。集団で今日のように強敵と戦うにしても、三々五々集まってきて、各々が勝手に観測を行い、いたずらに被害を増やしては誰かが倒す。ちょうど酔っ払いのする議論のようだ。無意味で益体がなく、熱中し誰もがなんとなく楽しむんでも、突然終幕し疲れだけが残る。


 疲れて家へ帰って寝ると、奇怪な夢を見た。明晰夢だった。アリアはウェスタンゼルスの街中にいるが、周囲に人はいない。我が身を振り返ると、真っ黒い外套を身にまとっている。かつて戦った〈テンペスト〉かのようだ。


 アリアあるいはテンペストが周囲を見回すと、多くの建物はボロボロに壊れており、路上には乗り捨てられた車が転がっている。

 空には霞がかかり、ここでも太陽は二つだ。


 青白い二つ目の太陽は不気味に鈍く光っている。


 あれはどうやらクラウスが語っていた〈パーヘリオン〉なるファントムのようだった。

 彼が説明したところによれば、歴史上なんどもパーヘリオンは上空に現れ、それはほぼ例外なく凶兆であるとのことだ。

 しかし、この天体型ファントムの脅威、もしくはその存在自体を認識できる人間はごく少ない。


 パーヘリオンは異なる世界を見せる。アリアが起きているときにしばしば見ていた幻視はその影響のようだったが、どうやら夢の中にまで進出してきたようだった。


「この深度までやって来るとか疲れが溜まってんな」


 声をかけてきた者がいた。観測兵の外套を纏った、灰色の髪の青年だった。


「確かに睡眠不足は健康に良くないというのは分かっています、ストレス、注意力散漫、肌荒れ、百害あって一利なしなのは明確でしょう」アリアの口調はテンペストのそれだった。「それであなたはどなたなのでしょうか?」


「俺はダウニング、このエビングハウス地区の斥候隊の者だ」


「ここは夢の中ではないのですか?」


「そうだけどそうじゃない、あんたは夢を通じてこの場所と接続してるのであって単なる朝には消える世界じゃない。パーヘリオンはあんたは知らないと思うけど複数の世界に跨って存在してんだ。だから滅することはすげえ難しいって話、でも単純に滅ぼすのがいいかって言ったらそうじゃなくてあれは歪みのせいで現れて、それを正すために存在してんだから悪いとは言い切れない」


「それではあなた方があれに何かをするということではないのですか」


「そうだ、ほったらかす、けどあれは目をそらしてもなかなか消えないんで自然に消えるまで待つのがいいと思う、勿論あれをとっとと消しちまったほうがいいってやつもいるからそいつらがどうにかするかも、しないかも。俺には関係ないね。それに一個滅したところで他のが消えるとも限らないし逆に増えるかも。雲をつかむような話だ。まあ詳しくは知らないけどそろそろ起きたら」


 いずれ来るパーヘリオンとの決戦を思いながらアリアは目覚めた。すると一週間が過ぎており隊長からあとで叱責された。家にあった食料はすべて腐っていた。空のふたつめの太陽を見ているとまたすごく疲れて、やっぱりあれと戦うなんてバカなことは考えないようにしよう、とアリアはまた街で他のファントムを狩った。

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