第24話「人喰い」

 対人型ファントム特務部隊――通称〈マンイーター〉は市民にとっても同業者にとっても、あまり好まれない。彼らが相手取るのは人そのものの形をしたファントムであり、その中には平穏な社会生活を送っている者も数多くいる。それらを見せしめとばかりに殺傷するのだから、鼻つまみ者となるのもいたしかたないところだろう。そしてしばしば彼らは間違えて、ファントムではない一般市民をも処刑するから余計に嫌われていた。しかも部隊のメンバーはほとんどが自ら望んで所属し、人狩りの任務に就いている。


 ある日、大衆食堂〈死霊亭〉に人型ファントムが紛れこんでいるという通報を受けて部隊が急行すると、昼時の店内には大勢の客が入っていた。

 入り口近くの席に小柄で目つきの悪い、観測兵の外套を纏った少女がいて、〈マンイーター〉たちに声をかけてくる。


「あなた方は確か対人型ファントム部隊ね。ここに敵が紛れ込んでいるの?」


【いかにもだ、お嬢さん】巨大な錆びた杭を持っている白浪兵バンディット〈ラスティネイル〉が答え、少女の眉間に皺が寄る――彼女が低い背をコンプレックスにしており、長身のラスティネイルに対してそれを発揮したために。


「メシ食ってるとこわりぃが、こっちも仕事なんでね」言いながら隊長ダニエラ・ザロモンが、血まみれの外套を纏った兵士ヴィンセンテに目配せする。生傷が体中に生じて、人間を殺傷することでその痛みを抑制できるというファントムに憑かれた不運な男だ。彼は腰の観測銃に手を添え、対象が妙な動きをしようものならいつでも発砲する構えだ。

 その他にも、わざわざ傷口を広げるためギザギザの潮の刃を持つ少年ラッセル・ホッパー、血走った目で宙を睨んでいる、両手を拘束された〈札付きのアドリアン〉、そして両目の位置に穴が開いた袋の覆面を被り、大斧型の潮の刃を持った処刑人さながらの女兵士クラリッサ、といった曲者たちが既に臨戦態勢に入っている。


「ああそうだ、君も観測兵ならちょいと勉強するってのはどうだい?」ザロモン隊長はラプタニア訛りの言葉で少女に語りかける。「この食堂のどこに敵がいるか、どいつが善良な市民に偽装した悪辣なファントムか、分かるかい? ちょいと当ててみなよ」


「また姉御のお遊び、いいや教育か、門外漢にはハードル高いんじゃない?」精悍だがぎらつく眼光が異常性を隠しきれていない容貌のラッセルが、にやつきながら少女に言った。


【ヒントを与えるならば、先入観にだまされてはいけないということだな】


「偽装は大樽カサゴさながらに巧妙なので一般人には難しかろう」精鋭兵たる〈オブザーヴァー〉のアドリアンは、優越感をにじませながら言う。「ところで貴女の名は? 小さき観測兵よ」


「アリア・デイよ」少女は「小さき」という発言で怒り、トルメンタを膨大に渦巻かせる。アドリアンは拘束具の鎖をじゃらりと鳴らし、愉快そうに彼女を見やった。


 店内にはざっと見る限り、怪しい人物は三人。

 奇怪なうめき声を出し続けている中年男性、隣の席の人間を金槌で叩き続けている老人、そしてそれに動じない隣の青年。

 他にも両目から緑色の液体を流し続けている女性、テーブル二つぶんに広がっている謎の肉塊、床に倒れて動かない人々なども目に付くが、少女は迷うことなく、近くの席にいた老婆を指差す。


「あのお婆さんから奇怪なトルメンタを感じるわ。あの人は人間じゃないわね」


 言うなりマンイーターの面々は笑った。苦笑、嘲笑、哄笑。不正解だったのかと少女が思っていると、処刑人クラリッサが大斧で彼女の首を刎ねた。


「あんたで今月四人目さ、〈二重歩き〉。アリアを殺すのもう飽きてきたけど、これが仕事だからねえ」


 隊員たちが、アリア・デイに化け、完全に本人になりきっていたファントムをさらに各々の武器で蹂躙する最中、周囲の客はその光景をつとめて見ないようにしていたが、何人かはなにか触発されたらしく、肉料理を注文した。

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