第23話「問題発言」

 旧城砦街のはずれにある喫茶店、そこは周辺の学生や何もしていない若者たちのたまり場になっており、トレヴァーとコニーも出入りすることが多かった。二人がある日の昼下がり、ろくに仕事せずにサボりに来ると旧友のアルバート・ウェルズがいた。アルバートは高校を出てから仕事もせずにぶらぶらしており、髭と髪を伸ばしっぱなしで、一見何をやってるのか分からないサブカルチャー系の人間に見えたが、実際はなにもしていなかった。


「しかし未だに分からないよ、お前らが観測兵になるなんてな」アルバートはかなり長い間ここに居座っていたらしく、すっかり冷めたコーヒーが半分ほど残ったままで放置されていた。


「この街における一大企業だからそうおかしな話じゃないよ。毎日何人もやめたり死んだり消えたりしてるから常に人手が足りてないし」


「そんな危険な仕事をよくやろうと思ったな」


「厳冬海岸の一枚岩みたいな気持ちだよ」


「コニー、そんなこと言うと黎明王が歯軋りするぞ」


「マザー・フリューゲルの慈悲に免じて許してもらうさ」


 二人が観測兵独特のスラングによる会話を始めるとアルバートはしばらくの沈黙を余儀なくされた。そのあと彼は観測兵軍についての質問をする。正規の軍隊なのか、あるいはPMC民間軍事会社なのか、と。トレヴァーがガムシロップを舐めながら答える。


「知らないの? 共和国における最重要団体について市民はマジで無知ってことだな。それに関して答えるならどちらも正解だということだよ。観測兵軍はふたつある。正規軍として、そしてその下部組織として民間企業が存在してるって二層構造なわけ」


「え? 何言ってるのさトレヴァー、観測軍は企業じゃないし軍でもないよ。ボクらはただの寄り合いで、正式な組織じゃないんだから」


「そんなことはねえだろ、だったら誰がオレたちに給料を払うんだ?」


「誰かでしょ。少なくとも正規軍としての側面は持ち合わせてないと思うよ」


「そもそも歴史を紐解いてみれば、正式な軍であることは明確だろ。あれは千五百年前、ジョナサン二世こと〈明快王〉が……」


「いや二世は〈薄情王〉だよトレヴァー」


「何言ってんだ、歴史の成績はオレに及ばなかったとはいえ、パンを焼くことを発明した偉大な人物を忘れるとは……」


「パンを最初に焼いたのはフォーマルハウト公爵だよ」


「そもそも我が国が共和制へ以降したときに……」


 などと二人が会話していると、突如店に催涙ガスが投入され、特殊部隊が突入、客と店員全員に銃撃。


 ほどなくして二人は生き返るが、そこで軍の偉い人らしい爺さんが説教を始めた。


「トレヴァー・ハリスならびにコンスタンス・コールフィールド! あれほど、軍の成り立ちについて民間人と会話するなと言っただろう。誰かがそれについて尋ねたら即刻射殺せねばならんのだぞ」


「ああ、すいません忘れてました」


「観測兵軍は意図的に重ね合わせた複数の基底現実の焦点となっているのだ。うかつに語れば、市民の存在や街の区画がいくつも抹消される恐れすらあるのだぞ」


「大丈夫だと思うんですけどね」


「まあ確かに愚民が何万人消えても大丈夫だが、規則なので注意するように。罰金六億フレイムを課す」


「えー、まいったなあ。六億か。所持金の半分もこんなことでもってかれるなんてツイてねえなあ。おいコニー、お前もだんまりしてないであとで出せよ、ここはオレが立て替えておくから」


「チッ」


 そうして特殊部隊が去ると二人は大草原の只中にいる。喫茶店と、その店内にいたアルバート・ウェルズを初めとする民間人、その一族郎党、祖先に至るまですべて消滅している。

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