第20話「日常」

 祝日、休日なんかはあたしには関係ないもんだけど、世間一般の人には重大だ。誰だって仕事なんざ行きたくない。八百屋、魚屋、ミイラ屋、殺し屋、葬儀屋、嵐屋、何だろうと月曜の朝ともなれば最悪だし、そんでがんばって迎えた休日の終わりは、いやもしかすると一日の始まりからずっと灰色。楽しみには終わりがあるってのがその楽しさを減衰させてくんだな。


 朝っぱらから客が二人、一人は見るからにヤバいごろつき、チェーンをかけたままで受け渡しを行う、六のA・Xって合言葉、でかい箱を渡すと小躍りしながら消えた、もう一人は紳士って感じだがこっちもどうかしてんな、服にたぶんゲロと血と思しきもんが、いいやもしかするとオートミールとケチャップかもしんないし、そんでそいつは三十九のBを受け取って帰った。と思ったらすぐ戻ってくる。


 紳士野郎は追加であと二つ、無理なら一つくれってほざいたのでそいつは売り手と直接交渉してくんない、あたしは何も知らない仲介屋だからさ、って言うと相手はしぶしぶ帰ったが次は銃でも持ってもっと強気な交渉しようってんじゃねえだろうな、と朝飯を気楽に食えなかった。もちろん銃弾なんざ怖くないし相手が百人でも同じだ――実際前にあたしがおいたをして敵性ファントム指定されたらそうなったし。しかしおっさんもあんなくだらん楽しみのために生きてるってのなら、ちょっとばかしつまらん人生じゃないかね。箱の中身がなんなのか知らないけど、気分よくなれるオクスリかなんかだろうしさ。


 その日のぶんが終わったんで午後からは本業のほうに戻る。観測兵――神があたえた天職だ。アホなできごとをアホどもがひっかきまわしてアホな結果になっちまうという。あたしらは何を観測してんだ? 世界の有り様、正しい世界、そいつを無理やり引っ張り出して凝視しても数秒後には消えている。そしたら正しい世界なんてのがウソで、アホでイカれたモンスターの暴れるさまが正解なのかもしれない。深く考えてもムダな話題だ。いずれにしても嫌なもんは見なければいい、そうすりゃそれは消えてなくなって、どこかべつの世界か、遠い銀河の向こうで永遠に眠ってくれるんだから。

 しかしだ、それを把握してないアホがやたらと見なくていいものを見たり弄繰り回すからウェスタンゼルスは週末の盛り場みたく混乱すんだな、あと暑いし。


 アリアと遭遇。いつもより調子がよさげ、トルメンタも増強されているように見えた。それはこの目つきの悪い後輩がなんかに怒ってるってことだろうから巻き込まれないように慎重に話しかけてヤバげなら逃げるつもりでいたがそうじゃなかった。


 どうやらクラウスがまた実体化してなにかをしたらしい。ハムカツを彼女に食わせてその隙に頭から異物を除去したってアリアは言ってる。こいつ悪い電波に取り付かれたのかと思うが、もしもアリアが発狂して暴れだしたりしたらそれはちょっとした見ものだった。あたしと同じく武装勢力に囲まれたらこいつどうすんのかね、自爆か? そいつは見たい。


 アリアにドーナツを奢る。まずいと文句を言われる。トレヴァーの野郎がふらふらしてたので、やつにもドーナツを与えるとこいつもまずいとほざく。あたしはうまいと思っているが、こいつらの認識がどうかしているのか? それともあたしの舌がバカになっちまったか? 後者が濃厚だけど前者もありうるな、アンブローズ隊長が言うことには、最近のガキどもは人口甘味料とかが多量に使われてる質の悪いジャンクフードばっかり食ってるし害悪なビデオゲームやインターネットで頭がどうかしてるって話だが――隊長もたいがい年寄りくさいというか偏見的なものの見方するからあてになんないけど、そいつが一理あるならむしろアリアやトレヴァーやコニーのほうがマトモってことじゃないのか? 現代の環境に適応してるんだから。


 そういやあたしのとこに来るのも若い客が多い。ガキにもかかわらずストレスをためる生活なんてどうかしてる、と思うが、考えてみるとあたしも十年前はそう健康的な生活を送ってなかったし十年後もそうだろう。


 ファントム、キキー・モーラを片付ける。こいつは過労死寸前な労働者にバカげたパワーを与えて資本家を殺させる。すでに三つの工場と二つの商店がぶっ壊されたあとだった。観測銃をアリアとともに乱射してたら終わってた。報酬は七千フレイム。


 銀行に行って副業のほうの収入を確認する。十万フレイム。カネなんざもうどうでもいいと最近思う。五フレイムで満足な食事をしたと思ったら、銭湯に入るのに八千フレイムかかったりする。一万フレイムをぽんとくれる太っ腹なやつがいれば、五キンダー(百キンダー=一フレイム)貸すのさえ絶対に拒否するやつもいるし。かと思うと何百フレイムばら撒いても平気の平左の隊長みたいな人もいる。


 おそらくあたしらやファントムが好き勝手にやりすぎて、世界がばらばらになりつつあるのだろう。虫食い、モザイク模様みたくいろんな世界がごちゃ混ぜになっているのだ。これに対して有効な手立てはない。できることは一つだ。気にしない。


 それでそこらの小汚い場末の喫茶店でサンドイッチとコーヒーをかっ食らって煙草を二本吸い、帰って寝て、また届いた荷物を積み重ねて翌日誰かに引き渡す。つまり何も考えずにいつもの日常を送ったわけ。灰色だろうとバラ色だろうと生活を継続させんのが大事だから。そうだろ?

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