第21話「現実逃避」
アリアがオープンテラスのカフェで優雅に昼食を取っていると白昼堂々殺人者が出現した。
俺は正義だとか革命だとか言いながらサブマシンガンを人々に乱射し、血しぶきが舞う。
これがファントムならばすぐに体を張って止めるのだが、あいにく普通の人間であり出る幕じゃない。
折りしも、隣の席で警官が紅茶を飲んでいる。
「あの、すいません、お巡りさん」
「え? 何?」のんびりした顔のその男は少し間を置いて答える。「なんか用? 君犯罪を犯したの? 出頭したいなら警察署に行ってくんない。いろいろ手続きとかいるから」
「いえ、現行犯で今発生しているじゃないですか」
「現行犯? 何? 無銭飲食でもするわけ? 本官の目の前でさ。大胆不敵な試みだ」
「そうではなくて、私ではない犯罪者が大胆不敵に蛮行を成し遂げているではありませんか」
アリアは殺人者を指差した。
「ああ、あれ? そういえばあれは……確かに迷惑だ。騒音をこんな場所で出してね。あとで注意しておくから」
「いえ、騒音だけでなく死傷者も出していますよね」
「死傷者?」
「銃を乱射しているではありませんか」
警官は目を細めて犯行現場を見やり、
「そうなのかなあ。俺、目が悪くてさあ。なかなか見えないな」
「じゃあ近くへ行ってみればよいではありませんか」
「そうは言うけどさあ、近くに行って、本当に君が言うような殺人者だったら俺も巻き込まれることになるわけじゃん。それって危ないよね」
「確かに危ないですね」
「そうだろ。だから、応援を要請して彼らが駆けつけてから逮捕劇に加わるべきなんだよ。これ飲んだら呼ぶから」
「しかし、今なお死傷者が出続けているのですが」
「そうかなあ。俺には見えない。目が悪くてさあ」
アリアは諦めた。「目が悪いのではしかたがないですね」
「そうそう、しかたがないんだよ」
その後、殺人者が捕まったというニュースは聞かなかった。ともすれば、市内の全警官がこの男のように考えたのだろう。
それからしばらくして、また同じカフェでこの警官を見かけた。
「お巡りさん、またお会いしましたね」
「ああ、この前の。俺はスミサース巡査長だよ」
「私はアリア・デイといいます。スミサース巡査長、この前の殺人者はどうなったのですか」
「そんなやついた?」
「いましたよこの前、私とあなたがこのお店で出くわしたとき、銃を乱射して人々を殺傷していたではありませんか」
「そうだったかなあ。俺、記憶力悪くてさあ。昨晩何食べたのかも思い出せないんだよね。もしかすると何も食べてないのかも知れないけど。それと同じで、何も起こらなかったから何も覚えてないのかも」
「かもしれません、しかし証拠が残っていますが」
「何の証拠?」
「殺人があったという証拠ですよ」
アリアは歩道を指差す。先日殺人者が射殺した歩行者の死体がそのままになっている。腐敗は相当進んでおり蝿が集っている。腐臭もひどい。
「ああ、あれ。確かに死体がごろごろしているけど、集団自殺かもしれないし、実際に君が言うとおり殺人者がやったとは限らないよね」
「確かにそうですが……」
アリアがもう少しだけ粘ろうと思っていると、近くのテーブルに一人の男が上って、「動くな! このカフェはデザインと店名と立地が気に入らないので今から爆破する! これを見やがれ!」などと叫ぶ。彼の体には多数の爆薬がくくりつけられている。
「巡査長。あれはさすがに明確ですよね」
「何がだい」
「彼はこの店を爆破しようとしています。これは明らかに犯罪行為、今すぐ逮捕するべきではありませんか」
「いやあ、どうだろうね」
アリアは諦めた。たぶんスミサースは爆死しても、「死んだかどうかまだ決まったわけじゃないし」と言ってそのままティータイムを続けるだろう。
通りの方ではまた何かうるさい音が聞こえる。再び乱射魔が現れたのかも知れないが、アリアはそれも気にしないで食事に戻った。
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