第18話「拡散」

 その後、折れた剣のままで戦うのは大変なので、新しいものを確保して今日もアリアは任務に臨んでいる。


 最近のウェスタンゼルスで話題なのは豪雨ゲリラ、楔男、太陽神ダガスなどだ。


 豪雨ゲリラはどうやら王政時代のリンダリアの残党であり、現政府を不浄なる簒奪者と呼び、転覆を試みている勢力だ。豪雨が降ったときだけ、それに乗じて破壊活動を行う厄介者である。


 楔男はあるシリアルキラーの通称であり、人体に巨大な金属製の楔を刺して殺傷する。本人はその凶行を「封印」と呼称している。


 太陽神ダガスは、この国で主神として崇拝されている神を名乗る人物が、街のあちこちに出現する現象だ。もちろん一般人なので超常的な力もないし崇拝されることもなく、ダガス教会関係者や敬虔な信者がブチ切れる結果となる。


 つまりおおむね平和ということである。



 アリアがいつもどおり近所を巡回していると、妙なことに気づいた。謎の生物にリードをつけて、まるで飼い犬みたいに散歩させている人たちが何人かいるのだ。

 生物は球状で、ベージュの長い毛に覆われている。下部には短い脚が無数にあって、それを細かく動かして飼い主に付いていっている。


「すいません」アリアは一人の爺さんに話しかけた。「その動物はなんですか」


「これかい、これはンジュグラベニヮじゃよ」


「ああ。ンジュグラベニヮでしたか。私が知ってるのと多少形状が異なるので気づきませんでした」


「お前さんが知っているのは偶脚種のほうじゃろ。漸く最近になって奇脚種のほうが入ってきたんじゃよ」


「エサとかはどうしてるんですか? あと拡散も」


「エサは偶脚種と同じじゃよ。拡散は確かに問題じゃが、専用の施設があるからそこでやってるんじゃ」


「もしよければ見学させていただけませんか?」


「かまわんよ」


 爺さんは自らのペットをスパイキーと呼んでいた。爺さんは途中、何人かのンジュグラベニヮを連れた顔見知りに会い、彼らとともに拡散用施設を目指して進んだ。


 赤銅横丁にあるそこにたどり着いたときには、三十人ほどのちょっとした集団ができあがっていた。


 施設は地下にあり、広さは狭めの体育館ほどもあった。床にちょうどンジュグラベニヮ成体ほどの穴があり、飼い主たちはそこに自分のペットを入れていく。


「拡散を誘発させるのにはやっぱりキーを使うんですか」アリアは爺さんに尋ねる。


「そうじゃ。わしのは特別製じゃぞ。虚ろ魚の骨でこしらえた一級品じゃ」


 爺さんがそれを取り出すと周囲から歓声が上がる。この爺さんは結構な金持ちのようだ。


「では始めるぞ。お嬢さん、よく見ておくんじゃ」


「これはもう始まってますか」


「そうじゃよ。これからスパイキーのトルメンタに大きな変動があるから、ファントム酔いに注意が必要じゃ。飼い主は投薬で抑えておるが……まあ、お前さんは観測兵じゃから問題なかろうが」


「まあそうですね」


「わしも昔は観測兵じゃった。元帥閣下より勲章を賜るほどのな。昔話についてはいくらでもできようが、お前さんが見たいのはそれではなかろう」


「確かに。あれ、これは第十五型に近い拡散ですね」


「ほう、よく分かったのう。いかにも、偶脚種が十八型を模した拡散を行うのに対し、こやつらは十五型に酷似した形式をとる。例えて言うと鉄熊に近かろうな。見ておれ、ここからじゃ。エルス情報層が構築されておるじゃろう。十五型ならばここで十字器官が形成されるが……」


「なるほど。これは鉄熊のそれとは大きく異なりますね。生成される灰はフラットですか?」


「フラット七から三じゃな。まず純度は高いが……」


 そのとき、近くにいた若い男が口を開く。

「あの、すいません、そこなお嬢さんとフィリップス爺さん。先ほどから何をおっしゃっているのかいっさい分かりませんが」


 アリアと爺さんを含む、その場にいた全員がしばし沈黙し、


「殺せ!」と叫ぶ。


 男は惨殺され、ンジュグラベニヮの拡散が終了するころには存在自体が消滅している。


「それで、偶脚種における食性についてなのですが……」


 アリアと爺さんは話し続ける。他の飼い主たちもまだずっと喋っている。


 二度目の拡散が始まっても会話は終わらない。全員が内心、いつまで続けりゃいいんだ、と思いながら、つとめて楽しそうに自分たちのペットの話を続けている。


 つまりおおむね平和である。

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