第15話「観測者」

 噴水広場に対六型ファントム特務部隊が集結した。もちろん全員じゃない。活動時期ではないがために休眠しているものが一名、特殊条件化でのみ実体化するものが二名、この場にいるであろうが誰も認識できないものが一名。あとはたぶんサボりだとアンブローズ隊長が言った。


「今日皆に集まってもらったのは他でもない。近々、ヤバい六型ファントムが出現するという気がする。こいつを滅することができるのは、我々以外には存在しまい。なにしろ、我々はウェスタンゼルスの対六型ファントム部隊なのだから」


「倒すとなにかもらえるんですか?」アリアが聞いた。


「もちろんだ。報酬としてそこらへんで拾った石二十個が進呈される。あと七億フレイム」


「危険なやつなのですか?」見るからにまじめな学級委員長といった外見のジェニー・モリソンが質問する。「対策とかは?」


「これまで戦ってきたやつらに比べれば安全だ。なにしろ殺傷能力はない上、きわめて動きがのろい。ただ、こいつの影響下に置かれれば右耳がなんとなくかゆくなるだろう。これが都市じゅうに蔓延すれば極めて危険だ。下手をすれば文明社会の終焉すらあり得る。こいつは水に弱いので水筒かペットボトル入りの飲料水を携帯すれば、水分補給もできて一石二鳥だろう」


「潮の刃や観測銃は通常通り効くのか、隊長?」騎士然とした美丈夫、エリアス・ワッツが尋ねる。「無効ということなら極めて恐るべき敵だが」


「いや、普通に効くよ。だが重ねて言うが、右耳がなんとなくかゆくなる。もちろん掻けば解消されるが、右耳がなんとなくかゆくなるのだ」


「面白そうな話をしているじゃないか。わたしも混ぜてくれよ」


 澄んだ声が広場に響いたので一同が見ると、そこにはアリアの見たことのない観測兵がいた。


 外套は他の兵士たちのそれとは違い、ぼろぼろに擦り切れている。

 腰には長大な潮の刃をぶら下げ、反対側には短銃型の観測銃。

 顔はというと美形ではあるがどちらかというと地味で、真っ白い頭髪をしている以外は印象が薄いように思えた。


 しかしアリアは彼女から、これまでに見た中でもかなり高いトルメンタ波動値を感じ、同時に彼女が人間ではなさそうだということを理解した。


「マギー。久方ぶりの合流じゃないか。だが来ると分かっていたよ」


 アリアと同じく新参の隊員の中には、彼女を見たこともない者が多くいたために、隊長が紹介を始める。


 〈面従のマギー〉。この対六型ファントム特務部隊の切り札。


 その正体は人間ではなく〈白浪兵〉と同じ、観測軍に協力的なファントム――精鋭の観測兵という〈現象〉――〈オブザーヴァー〉。


 マギーは誰にも従うことはなく、これまで多くの恐るべき六型ファントムを屠ってはきたが、そのたびに都市そのもの、世界そのものに甚大な被害を及ぼしてきている。一時期、憲兵隊が反逆者として攻撃を試みるも失敗、それ以降野放しにされている。


 彼女に限らず、すべての〈オブザーヴァー〉は劇薬だ。ただでさえ認識を利用・悪用し現実をいともたやすく作り変える観測兵の中でも、その性質は恐ろしい。彼らに対しては他の強力なファントムや過酷な現実と同じく、見て見ぬふり・気にしない・現実逃避しかない。


 マギーの正体がわかると、噴水広場にいた隊員の半数ほどが、彼女を敵対的ファントムかのように非難し、すぐに拘束すべきだという趣旨のことを口走った。隊長は、憲兵隊でさえ封じ込められなかったのにお前らにどうにかできると思うのか、俺はできるけど、と挑発的な発言をした。


 マギーは笑みを浮かべ、自分は皆と同じく都市の平和の維持を第一に考えているし、アンブローズ隊長の指示には間違いなく従うと述べる。しかし面従などという名を持つ彼女を誰もが信じていないのは明確だった。隊長も、命令を出すたびに必ず彼女がそれに反する行動をとることを理解している。


 都市を守れと命じれば破壊する。暴れるなと命じれば暴れる。ファントムのみを滅せよと命じても、必ずそれ以外も蹂躙し、滅ぼす。


 面従腹背の都市の破壊者、それが彼女の特性であり、変えようのない事実なのだ。


「ならばマギー、本作戦についての命令を出す。それにのみ従うんだ。いいな」


「もちろんだよ、アンブローズ隊長」


「よし」心得たように隊長は命ずる。「俺に反逆しろ」


 全員が驚き、しかし得心する。反逆命令に反逆するということは、服従するということだ。マイナスにマイナスをかけてプラスにする試みだ。


「かしこまりました」と、いきなりマギーは隊長に発砲し一瞬で距離を詰めて剣で一秒間に数百回切りつけた挙句、目から謎の怪光線を放ち、隊長を灰に変えた。そして笑いながらいずこへかと消えた。


「隊長が死んじまったぞ、どうすりゃいいんだ。いや、ここはまず新しい隊長を選ばないとな」シェリルが面倒そうに言う。「誰がなるよ」


 全員、なりたくなさそうだった。


 重々しい空気を破壊するかのように、噴水内からいきなり誰かが、水音を立てながら起き上がる。


「まったく、けしからんやつだ。あんなんじゃ社会で通用しないな」


 果たしてそれは、灰と化したはずのアンブローズ隊長だった。


「隊長? さっきやられたんじゃなかったのかよ」驚いてトレヴァーが言うと、


「ハリス、あの程度の攻撃で俺がやられるはずがないだろう。死んだのは影武者だ。超周到なタイミングで超高速に入れ替わったのでマギーといえど気づくことはなかったのだ。やつには好きに暴れさせておけ。今日は解散しよう」


 そうして隊長も帰宅した。他の隊員はせっかく集まったので噴水広場でバーベキューをした(これは広場の利用規約には反するが、幸い監視官は常駐しておらず通報もされなかった)。マギーはたぶんその後、件の「ヤバい六型ファントム」を倒したはずだ。そしてもちろん、ウェスタンゼルスには多大な被害。

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