第13話「反逆」

 三日後、聖アンナ記念病院でアリアは目覚めた。


 ふつう観測兵は死に対してある程度耐性がある。死んだ者は自分の死を含めて、何も観測できなくなる。観測できないということは存在していないということで、死が存在していない以上そいつは生存しているのだから。


 ザンダーの魂魄より出でし滅びの風はアリアの存在の上澄みを掠め取っていたので、治療が長引いたのだった。ハイブロウは人間でないためか、アリアよりさらに回復は早かったようで先に退院していた。


 病院から出ると、トレヴァーがいた。アリアの様子を見てくるように隊長から指示されていたらしい。


「何かあったの?」


「召集命令だ。アリアは昏睡状態だったから幻信が通じなかったけど、街じゅうの観測兵に指示が飛んでる。反逆者が出た。同業を殺した観測兵さ」


「それってザンダーのこと?」


「いや、ザンダーは確かにファントムを用いて人を殺傷するのが趣味って最低野郎だけど、やつは事故で巻き込んだってふうを装う上に所詮趣味でやってるから。あの人斬りロイクだって事故死に見せかけて同僚を三十人殺すまでは、手配されてなかったし、度が過ぎなきゃだいたい大丈夫。


 だけど、今回のやつは仕事ほったらかしな上三日で五十二人とちょっとペースが早すぎるってんで、処理することになった。憲兵隊も動いてる。っていうか憲兵の精鋭部隊が動けば一秒しないうちに消滅だけど、面倒だとか、自分の体を普段消滅させてるんで形成するのに時間かかるとか、小物過ぎて興が乗らないとか、いろいろ精鋭の方々はクセがあって毎回は動かねえんだ」


「なんて給料泥棒なの」


『誰が給料泥棒ですって? アリア・デイ』


 いきなり、ものすごい大音声がアリアの魂魄を襲った。幻信だ。バルトロメアの声よりも馬鹿でかい。しかも、リンクを形成していない相手から無理やりこのテレパシーを突きつけられているのをアリアは感じた。


『わたくしはトルメンタ憲兵隊のタバサ・キングストン。わたくしにはすべて分かっている。すべての因果のその先まで。いい? アリア・デイ、わたくしが三秒働いたらあなたが一日働くくらいの結果出せるわけよ。わたくしは適切な利益を得ているわけ、労働結果に対して。断じて給料泥棒ではなくてよ。分かったらとっとと三下の殺人者を滅するのよ。あっ! また給料泥棒っつってるやつがいる!』


 激しい頭痛を堪えてアリアは、「何これ!」と叫んだ。


「あー。憲兵隊の悪口言うと誰かがそうやって怒るから、少なくとも口に出すのはよしたほうがいいぜ。たぶん今回はキングストン部隊長の制裁だったと思うけど。あの人はほんと、幻信版バルトロメアだから……ううっ」


 どうやらアリアと同じくうかつな発言に対し爆音幻信を受けたようで、トレヴァーがその場に蹲った。


「これ以降憲兵隊をバカにしないことを誓います。それで今回の下手人はどういったやつなのですか、キングストン部隊長」


『こいつは口から火を吹くカバを七十体召喚し市民や同業者やセンザンコウ類を殺傷したのよ。悪徳、悪辣。みんなで頑張ってぶち殺せ! 達成者には三十六フレイムが進呈されるわよ』


 カバというだけでやっかいなのにさらに口から火を吹くとは。アリアはこれまで、口から火を吹くイノシシ、口から火を吹くサメ、口から火を吹くパンダ、口から火を吹く酔っ払い、口から火を吹く伯爵令嬢などと交戦したことがあるが、そのどれとも違うプレッシャーを感じた。


「それで具体的にこれからどうするんですか?」


『それはあなたがた下民が決めること。わたくしは今、この世界を六回は滅ぼせるファントムを所持した反逆者を殲滅するので忙しいがために。六回滅ぼされたらあなたも困るでしょう、アリア・デイ。六回は』


「六回は困りますね」


『そうでしょうアリア・デイ。あなたは多少は優れたファントムを持っているようだけれど、正しい使い方をまだ獲得していないようね。そのまま下民でい続けるにしろ、今後新しき大トルメンタを魂魄に発露させるにしろ、今はただ馬車馬のように使命を果たしなさい。一方わたくしは英雄的な任務を果たすわ』


 タバサ・キングストンは尊大な命令を下したあと沈黙したので、ひとまず周辺の者たちで集まって会議をしようということになった。


 対六型ファントム特務部隊、虚像追跡部隊、輜重隊、恒星兵部隊などの精鋭たちがファミレスに集結しているらしいので、アリアとトレヴァーもそこへ向かった。


 アンブローズ隊長が、入ってきた二人に気づいて言う、「来たかデイ、ハリス。今、下手人のルー・マッカーサーという男について対策を練っていた。結果、この男から外套と潮の刃を取り上げて観測兵の地位を剥奪するということになった」


「殺害するという話ではなかったのですか」アリアがそう言うと、その場にいた全員が顔を伏せる。


 しばしの沈黙ののち、虚像追跡部隊の長、ペインというおっさんが「カバが結構強い」と言った。


「そんなに?」


「そうだ。だから、とりあえず殺人は見逃すが観測兵としての風評を下げるのはよしてもらう、ということで落ち着いたのだ。今後は一般市民として殺しに興じてもらうことにした」


「ならばしかたないですね」とアリアが言うとみんなが賛同した。


 そして今日もカバが何体も街を蹂躙しているが誰もが見て見ぬふりである。

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