第12話「白浪」

 群れ銅貨を溶融しているときに野良陽炎猫の群れが現実改変を用い、腱を断ち切りに来て危なかったが、援軍によって事なきを得た。


 助けてくれた二人に例を言うアリアだったが、片方が黒い外套を着ていることに気づいて観測銃を向ける。


「落ち着けって、アリア。この人は白浪兵バンディットだよ」顔見知りの無血衛生兵ザンダーがそう言うが、アリアは銃を向け続けたままでそして二発撃った。


「おいおい、撃つ奴があるか!」


 ザンダーは相当焦っているようだったが、ガスマスクを着用しているために表情は分からない。


「だけど悪党バンディットなら殺してお巡りさんに突き出さないと」


【今のは、ザンダー君が悪いとオレは思うなあ】


 撃たれた黒外套の男はなんともなさそうだ。もちろん体に穴が開いているが、あまり気にしていないのだろう。気にしなければ世界が滅んでも平穏。


【彼女って入ったばかりなのでしょう。そんなら、きちんと専門用語を説明しないと】


「それは面倒なのでしない」


【あんたも大概だなザンダー君。じゃあオレが自ら説明しちゃおう。アリアさん、オレは〈ハイブロウ〉ってもんだけど、オレの右腕に白い腕章が付いているのが見えるかな】


「見えます。可視です」アリアは頷く。確かに彼の腕には腕章があった。


【これは軍にとって友好的な黒外套だっていう証なんだよね。腕章付きバンデッドって呼ばれてたのが訛ってバンデット、オレはつまりダーク・ヒーロー】


「あなたの本体はどこにいるのかしら?」銃を収めながらアリアは聞く。


【ニューノール。大陸の反対側だよ】ハイブロウはややためらいがちに、東側をその緋色の目で一瞥する。まるで授業参観で来ている、さして仲のよくない親を見るかのように。【オレの本体は立派な、どこに出しても恥ずかしくない階梯調査兵で、オレもちょっとした手だれさ。だけどどんなにナイスな二人でも、あまり近くにいたいとは思わないんだよ。偽装海の弩級艦みたく超然としていない限り、誰にとってもそうだろう、自分がもう一人いるなんて】


「それは分かります。本当はあんまり分からないけど分かるふりをするわ」


【社会人として最低限のエチケットな】


「二人とも、落ち着いている場合じゃない。虚数キマイラの群れが七十体こちらに襲い掛かってくるよ! 知っての通りやつらは一体につき五時間かけないと倒せないレベルの強敵だ。それは面倒なのでわたしは秘儀を使う」いきなりザンダーが空をにらみながら告げた。


「それよりどうしてザンダーはガスマスクを付けているの? 暑くないのかしら」ふと気づいてアリアが言うと、ハイブロウも同意する。


【たしかに。なぜなんだ、ザンダー君。まさかあんたの秘儀ってやつが、この場に致死性の毒ガスをばら撒き、オレたちや市民もろとも敵ファントムを殲滅するようなものだとでも言うんじゃないだろうな】


「正解。しかも致死性というか吸っただけで魂魄を冒され存在が失調して意味を失うという性質のものだけど面倒だから説明しなかった」


【おいおい、こんな風の強い日にそんな危険なものを撒き散らすなんて、どっちが悪党バンディットか分かったものではないな、ザンダー君!】


「ほんとにそうだわ」


 そして、それは成され、虚数キマイラどもは滅した。アリアとハイブロウは高いトルメンタ波動値を有しているので存在は失調しなかったが、もちろん死んではいる。


 この二人を殺害しただけではものたりないので、他に誰かターゲットを探そうとザンダーが思案していると、なんかヤバいガスを撒いたやつがいるということを察した観測兵たちが集まってきた。


「そいつは黒外套! さてはそいつが市民を害するために毒を撒いたんだな!」とみんなが口々に言う。


「いや、落ち着けってみんな。彼は白浪兵バンディットだよ」とザンダーが言うと、


悪党バンディットなら殺してお巡りさんに引き渡さなくては!」と全員がハイブロウへ武器を向けて殺到。


「もう死んでるって」ザンダーはガスマスクの向こうで、傑作なジョークを聞いたように押し殺した笑いを浮かべた。

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