第11話「転がり」
「デイ。このウェスタンゼルスにはどれだけの人が住んでいるか知っているかな」
街の中心地からやや外れた場所にある安い定食屋で、食事を終えて一息ついているときに隊長がそう聞いた。
「さあ。何十万人もいるんじゃないですか、勘だけど」
「何十万人というと五十万人くらいと思っているということか」
「それはいささか飛躍しているわ。たぶん三十万くらいじゃないんですか」
「いや正解は七十億人」
「七十億人?」不可解な答えにアリアは顔をしかめた。「アンブローズ隊長、それはさすがに多すぎるでしょう」
「いや、実際に俺は数えたから間違いないんだ」
最近の隊長のブームは「数えた」という報告である。どこどこ通りの路面の穴とか、どこどこ地区の黒猫の数とかをいきなり規定し、自らが数えたから間違いない、と断言する。
もちろん七十億人を数えたというのは現実的ではなく、なぜなら一億秒は三年と少しであり、よって一人一秒で数えたとしても七十億人を数えるのには二百年以上を要する計算だ。
そういうまじめな話をしても意味がないので、あまり真剣に相槌を打つことはしないようにしていた。
そこでアリアは話題を変え、このまえ釣堀で変な少女に出くわしたことを話す。
「バルトロメア? ああ、あのうるさい小娘か。世の中はうるさいやつだらけだからな、その最たる例だよ。しかも大抵の人間はうるさいだけでなく、粗忽だ。おまけに行動力だけはある。だから世は荒廃する。君もその一例だよ、デイ」
いきなり矛先が自分に向いてアリアは気を悪くした。上司だからあまり面と向かって反抗しないが、シェリルと同じくらいアンブローズ隊長は無礼な台詞を口走ることが多くなってきていた。
さらに隊長が何か説教みたいなものを口走ろうとしたとき、彼はいきなり外の方を向いて、「ほう」と呟いた。
「俺が倒すべきファントムが出現したので片付けてこよう」
「どのようなものなのですか?」
「〈転がり〉と呼称される存在だ。こいつはタンパク質を泥に変える性質を持つ。見た目はアヒルだが、その名のとおり転がって移動する。たぶんあと三十秒で我が都市の七十億人が全員泥に変えられてしまうので、俺が滅する」
「がんばってください。ここの支払いは私が持ちましょうか」
「そうはさせないよ」
隊長は珍しく紙幣ではなく金の延べ棒を二十本くらいテーブルに置いて表に出て行った。
ゆっくりと水を飲んでアリアは五分後くらいに外へ出た。
隊長は路上に停められている自動車のボンネットに腰掛けて空を見ていた。
「隊長の車ですか、それは」
「いや、俺のではない、そもそも俺は免許を持っていない」
「〈転がり〉は滅したんですか」
「いや、なんか面倒だったから滅さなかった」
「そうですか」
しばし隊長は自分の腰掛けている車を見ていた。自分も免許を取得し、車を購入しようと考えているのだろうか。
アリアがそう推察していると、隊長が口を開いて、
「デイ、この街には何台の自動車が走っているのか知っているかな」
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