第10話「煩い奴」

 アリアはバスに乗っている。それは、この週末を利用したスタンプラリーによって地下鉄が混んでおり、そこへ立ち入るのを躊躇したからである。そのスタンプラリーはこれまでにウェスタンゼルスに現れた殺人鬼のスタンプを蒐集するという不謹慎なものだった。


 淀み沼駅では人斬りロイク、次の霞大橋駅ではB・O狩りのシドニー、最後のクレーター・ターミナルではウェスタンゼルスの肉問屋、といったラインナップだ。

 入り口の辺りから駅は親子連れでにぎわっており、これはよしたほうがいいとアリアはごみごみした駅構内から退散しバスに乗り込んだ。


 目指す漁師街一丁目駅は遠い。なぜその場所を目指しているかというと、そこの釣堀に行きたいからで、なぜ釣堀に行きたいかというとストレスを発散するためだ。


 苛立ちの原因は、黒外套のテンペストを撃退したのに誰も褒めてくれないどころか信じてくれないがためだ。特にシェリルは「そんなのいないよ」と一蹴、隊長はもし本当ならすごい、もし本当なら、と強調するし、他の顔見知りたちも黒外套の話をすると半笑いで受け流す。


 決闘場所だった鉄星証券を再訪すると、早くも解体が始まっており、地下でなにか忌まわしいものが発見されたとかで、今後周辺は完全に閉鎖されるのだそうだ。


 自らの栄光を幻影かのように認識され、怒りが収まらず、釣りをしてリラックスしようと思っていたが、イノセント刑場前の停留所で乗り込んできた観測兵がいきなり水を差してきた。


 アリアより少し年下の、ストロベリーブロンドが特徴的なその少女はじゅうぶんに空席があるにもかかわらず、アリアの隣に座った。

 そしていきなり拡声器を取り出し、スイッチを入れると隣にいるアリアに向かって「こんにちは! いいお天気ですね!」と大声を出す。


「何なのあんた! うるさい、うるさいわよ!」耳を塞ぎながら直截的にアリアは注意した。


「い・い・お天気・ですね!」再び大音声を上げる少女。「ご同業でいらっしゃいますよね! ここでお会いしたのも何かのご縁! ファントムとの戦いについて意見を交換し合い! お互いの今後の糧と! いたしましょう!」


「うるさいっつってんでしょう! 拡声器なんかなくてもこの距離なら聞こえるわよ! なんなのあんたは!」


「ワタシは対電気犬部隊のバルトロメア! 解析! 見通し! それは明瞭な! 伝達によるネットワーク! それが誘引する! シナプスの電気信号が! 巻き起こすトルメンタの! 激発的トリガーを! このように! 交流によって! 誘発しているのです!」


 あまりにうるさいのでアリアは癇癪を起こし、窓を開けるとバルトロメアを投げ捨てた。

 バスの後ろから彼女のわめき声がずっと聞こえていたが、それはやがて街の喧騒に溶け込んで消えてしまった。


 別れはしたが、あまりいい事態ではない。一度出会って会話までした上に、彼女はアリアに興味関心を抱き、アリアは彼女に怒りを覚えた。

 これによって恐らく既にリンクが形成されてしまっている。同じ部隊にいるという関連性を利用して幻信で通話したり、有事の際に結集したりするためにリンクは便利なものだが、アリアには今、少なくとも今日一日バルトロメアにそれを辿られてまた遭遇する可能性が出てきた。


 しかし予定を変更するのは嫌だったので釣堀へ到達する。


 そこは野球場くらいの、存外広い釣堀で水は濁り、巨大な何かの影がゆらめいている。

 客はみんなその何かが怖いのか、餌はおろか糸を付けず、ただの棒である釣竿を水面に突き出してぼーっと座っている。


 アリアもそうしようかと迷っていると、バルトロメアの甲高い声が徐々に近づいてくるのを感じた。


「交通安全! 家内安全! 駄目でしょう! ワタシを吹っ飛ばしたら! 神の湯沸かし器みたいに高速で沸騰したのね! お怒りはごもっとも! だけれどワタシたちは学びあう! そういった運命! 運命共同体! 共鳴体! 語り合い! 分かち合う! そういう仲に! なってゆくすばらしさ! 魂魄の波動を! 通わせあう喜びを! 劇場象のいななきのように! 友情を!」


 拡声器を手に何事かを叫んでくるピンク頭が間近まで迫ってきたとき、アリアは彼女を釣堀の中に放り投げた。

 巨大な魚の、あるいは別のなにかの大口が水面に現れて開き、バルトロメアを飲み込んだ。

 水中に怪物が消えたらあとは静かで、アリアは静謐な気持ちでまたバスに乗って帰った。


 殺人鬼スタンプラリーは不謹慎という苦情が入って初日で中止になった。

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