第8話「蒼月」

 日没の少し後、神殿前交差点でコニーが観測銃をぶっ放している。通行人はそれ自体幻みたいにろくに見ようともしない。


 対戦相手は包帯を全身に巻いた竜だ。コニーがトルメンタの銃弾を放つたびに、黒い血が吹き飛んで雨みたいに降り注いでいる。


 やがて竜は人間の女性のような悲鳴を上げて倒れ、消滅した。

 コニーは一息つきながら、アリアがいるのに気づいて、


「あれ、アリア。ボクが〈満身創痍〉を倒すのを助けやしないでただ見てたのか。トレヴァーみたいに不親切だなあ。竜型のはけっこうスコア高いけど骨折れるんだよ、もう」と、白い狐の面を向けて、冗談めかした声で言う。


「そのトレヴァーは?」


「あいつは持病で休んでるよ。蒼月病なんだ。今日は月の鳴動壁が蒼すぎるから。数年前の新聞のどうでもいい記事を熟読して、不要情報で防壁を築かないと中毒起こすのは、フォーマルハウトの大号令よりも明確じゃない」


「ファントムは天体の影響を受けやすいから、しかたがないわね」


「そういうことだよ。特に月はさまざまな変化、怪異を引き起こす。満月だと犯罪率が上がったりとか。あるいは味覚が変化したり。だから大抵のレストランは月齢で味を変えているしさ。


 あとはバターを塗ったトーストを落とすと、必ずバターの面が下になる呪縛」


「そっちは普遍的な物理法則だわ」


「そうだったのか。それより疲れたからどっかでお茶しようよ」


「そうね」


 アリアはコニーのことが嫌いではなかった。身長が自分よりわずかに低いからだった。


 喫茶店へ入るとコニーはうきうきしながら、「ここの特大パフェがすごくおいしいんだよ」と言って無造作に仮面を外した。

 顔を見ても性別は判断できなかった。アリアは気になっていることを聞くことにした。


「どうしてコニーはそんな仮面をつけているの?」


「これはボクの武器なんだよ。狐は幻惑者のメタファーさ。それを纏うことで不明瞭の中に自分の魂魄を没入させるんだ。これと出会ったのも蒼い月の夜だったよ。とある観測兵と駅で電車を待つ間に賭けをしたんだ。それに勝ったからボクはこの仮面を手に入れたけど、彼は消えてしまったよ。急ぎの用があったか、さもなくば狐が化けていたのさ」


 やがて山のようなパフェが運ばれてきて、コニーはそれを驚くべき早さで平らげてしまい、二つ目を注文する。


 紅茶を飲んでいたアリアはコニーの大食ぶりに呆れつつ、外の月に一瞬目を奪われた。本当に蒼い月だ。そう考えたとき、コニーのわずかな呟きが聞こえる。


「現実から目を離したら、それは存在しなくなっちゃうんだよ」


 笑うようなその台詞に目を戻すと、すでにコニーはおらず、店員に尋ねても、アリアは最初から単独で入店し、ずっと一人でパフェを食べていたと言う。


 あの狐面の同僚は、自分に遭遇したときから奢ってもらうつもりでいたのだろう。苛立つアリアだったが、もっと高い焼肉店とかじゃなくて良かったと考えながら、それでも収まらず、次に会ったときにはコニーに迷惑料込みの請求をするつもりだった。


 しかし次に月が蒼く光ったとき、アリアはさっきまでのことをすべて忘れてしまっていた。

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