第7話「自慢」

 久々にシェリルが家を訪ねてきた。そこらに置いてある物を勝手に動かすのでアリアはいらいらした。


「仕事のほうは順調そうだねアリア」


「順調なのかそうでないのか分からないわ」


「分からないってことは良いってことだよ。つまり順調。そうだ、その波に乗って今日はピグミー・レビヤタンを倒しに行こうじゃないか」


「なにそれ」


 そう聞かれてシェリルが答えたところによると、ピグミー・レビヤタンはかなり上位のファントムで、そいつに見られると石に変えられる上に、そいつを見ただけでも呪われ、永久に小便が出なくなるという。


「そんな恐ろしい相手と私を戦わせようというの、先輩」


「大丈夫だよ、ファントムにはこちらのファントムで対抗できる。対抗しすぎると逆効果だけど。今回の場合頻尿になる」


「どちらにしろ危ないじゃない」


「だけどそういう強いファントムを抹消すると特別報酬がもらえるんだ。狙う価値はあると思うけど」


「ああ、この前隊長が浄化機構を滅したように?」


「それ嘘、浄化機構なんて存在しない。じゃあさっそくピグミー・レビヤタンの根城である〈北の山の竜の顎の中の小さな林檎亭〉へ行こうか」


「長ったるい店名ね」


「みんなは〈竜林檎亭〉って略すけど。あたしが奢るよ、チューリップの球根の密売を仲介したら手数料が大量に転がり込んできたんで」


 やっぱりシェリルは密売仲介人なのかと思いながら二人は竜林檎亭へ赴いた。


 週末の夕刻、店内は大学生やら労働者でごった返している。


 腰掛けて二人はビールを注文した。肴を選んでいると、近くの席の大学生が、この前強いファントムを倒して市から表彰されたと自慢している。「オレはやっぱりね、そういうのって大事だと思うんだよね」というフレーズを多用しながら、自分がいかに勇敢に戦ったかということをアピールしているのだ。彼は観測兵ですらないアマチュアらしいが、とても強い(自称)らしく八面六臂の活躍らしい。


 周囲の学生は半笑いで聞いている。恐らく日常的にそういった武勇伝を語っているのだろう。

 アリアはふと、彼が嘘つきだと思われているからそんな反応なのか、あるいはファントムを抹消するという行為が大したことない行いとの認識なのか、どっちなのか気になったが、両方なのかもしれない。街で強そうなファントムを倒しても通行人は基本的に無関心だし。


 ほどなくして唐揚げとサラダが運ばれてきて、シェリルは無遠慮に全部食べるだろうから、早めに取り皿に自分のぶんを確保して食べていると、いきなりくだんの学生がこの世のものとは思えぬ奇声を発し、きりもみ回転をしながらぶっ飛んで天井に激突し息絶えた。


「す、すいません、あなた方は観測兵の方々ですよね?」ぶっ飛んだ学生の連れがアリアたちに話しかけてくる。


「そうだけど何か用?」シェリルがぶっきら棒に聞き返した。


「今、彼が死んだのはあなた方が何かをしたからでしょうか? 制裁を」


 アリアが否定する前にシェリルが、「違う、あれはラスティ・ミスティというファントムのせいだよ。ラスティ・ミスティは自慢話をするやつが大嫌いで、こういう制裁を与えるんだ。遅かれ早かれ、彼はこうなっていたんだ。葬式の準備をしろ」


「分かりました。火葬にします」


 学生たちは死んだ男を表に出してガソリンをかけ、道の真ん中で燃やし始めた。

 ものすごく嫌な臭いが店内に入り込んできて、客たちは皆金も払わずに出て行ってしまった。


 店主が火葬している学生たちに怒鳴る。「おい、商売が上がったりじゃねえか! この店はな、俺が二十年間働いて貯めた金で出した自慢の店なんだぞ。ここまで胃に穴開けて円形脱毛までこさえて、それでも文句ひとつ言わずに俺は頑張ってきたんだぞ! なのにお前ら……」


 といったところで店主がきりもみ回転をしてどこかへ吹っ飛び、恐らく死んだ。


「あれもだめなの?」


「苦労自慢もだめ」


 二人は誰もいない店内で酒を飲み続けた。

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