第5話「前人未到」
それから一週間、街に出て仕事をした。蟹手は意外と流行病で、一日三人くらいの蟹と化した手を切り落としていた。逃げ出した蟹が生き延びていたとしたら早晩ウェスタンゼルスは蟹だらけになってしまう。
週末に今週のぶんの給料が入った。自室のポストに札束が無造作に突っ込まれていた。
それで少し高めの食事でも食べに行こうと地下鉄駅へ行くと、観測兵の軍服を着た二人がいた。改札を塞ぐように立っており通行人に迷惑そうな目を向けられている。
一人は左目に眼帯を付けた青年で、潮の刃のサーベルを腰に差している。
もう一人は性別不明で、それは狐を模した仮面を被っているからだった。武器はフリントロック式のカービンで、重そうに背負っている。
アリアをみとめた二人が話しかけてきた。
「あんたがアリア・デイだな、アンブローズ隊長から話は聞いてるぞ。なんでも大したトルメンタ波道の持ち主ってことだが、確かにこうしてじかに見ると、すげえ散文的な魂魄の動きがダイレクトに感じられるぜ」眼帯の青年が言う。
頷きながら狐面の人物も、「ボクもそれなりに自信あったけど、四百か五百くらい、アリアは? 勝てないね、ちょっと無理。これはすぐにでも上級観測兵へ昇進できるかもよ」声を聞いても男女どちらなのか分からなかった。
眼帯の青年はトレヴァー、狐面の連れはコニーと名乗った。
改札を塞いだままトレヴァーは自慢話をしまくった。〈休日の人〉に傷を付けて撃退したとか、変異フォーチュンを三体も一日で倒したとか、陽炎猫を最短五時間で飼い主の下へ導いた、などだ。
それらのファントムについてアリアは詳しく知らなかったが、あまり大したことがないのではないかとなんとなく思い、そんな大したことない話を大手柄のように語る彼を軽視しはじめていた。
コニーが、アリアはもう何かファントムを駆除したのかと聞いてきたので、蟹手を何匹も切除したと言うと二人の顔色が変わった。
「嘘だろ、蟹手は緑閃光竜並みの駆除難度だぞ。恒星兵や上級観測兵であっても途中で疲れて帰りたくなるってのに、アリアはまるでいともたやすくやっちまったような口ぶりじゃねえか」
「蟹を手玉に取るなんて、ボクなら恐ろしくてできたもんじゃないよ……これはもしかして天才」
「前人未到……蟹」
しばし二人はアリアを凝視して、飽きたように踵を返して改札に入っていった。
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